伊邪那岐の遺書19
それから。
それからいったい、どのくらいの時間がたったのでしょうか。
ガス中毒のつもりが、炎に包まれ真っ黒に焼け死んだのですから、あなたはびっくりしたでしょう。
友人ひとりいないわたしのことでしたから、兄であるあなたの一言で、あの事故は自殺として処理できたのではないかと思います。
そうしてもらってべつにかまいません。あなたはそうではないと、罪の意識を抱いているかもしれませんが、本当にそれこそが真実なのですから。
あのとき以来、わたしの感情はとてもうろんで、愛情と憎しみの区別もつけられません。
時間の流れもよくわからない、浅い眠りに入っているかのような、奇妙な精神状態です。
でも、その曖昧とした感覚の中で、たしかにわたしは、心に安らぎを与えてくれる場所へと、一度はたどりつきました。
霧に包まれたような空間で、わたしは白い階段を上っていました。あるいは、天上の雲の中だったのかもしれません。
耳に心地よい、静謐な音楽が遠くから聞こえました。頂上には、まばゆい光の集まりがみえました。
その光の中に、日子がいました。
知らないうちに大きくなっていましたが、ひと目で我が娘とわかりました。
事故で亡くなったはずの両親がいました。
想像していたとおり、あなたによく似たたくましいお父さんと、白百合のような気品のあるお母さんでした。
もしかしたらわたしでも、天国に行くことができていたのでしょうか。
そこは嘘などつく必要のない、自分をごまかす必要のない世界でした。
かれらはわたしに、温かいまなざしを向け、やさしく手招いていました。正直なところ、わたしはすぐにでもかれらのところに行きたかった。
けれど、心の中でなにかが欠けているような気がして、かろうじて踏みとどまったのです。
そう、そこには那央樹兄さん、あなたがいない。
あなたに逢いたい。
わたしは光に背を向けて階段を引き返し、あなたのそばへ帰ってきたのです。
伊邪那岐の遺書20
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