伊邪那岐の遺書20
たぶん、あなたはいま、自分自身が書き記しているこの文字の羅列に驚いていることでしょう。自分の意思に反して体が勝手に動いているのですから、恐ろしくもあるのでしょうね。
許してください。
この手紙を書くために、いま、那美子が兄さんの体を使わせてもらっています。
本当にごめんなさい。でも、わたしにはその権利がありますよね?
わたしは知っています。
たいした保険に入っていなかったから、あなたはアパートの管理人から多額の損害賠償を求められたのですよね。
そして、その費用を肩代わりしてくれたのは、やはり涼子さんとその家族だったんですよね。それから駆け足で、二人の結婚の話はすすんでいったんですよね。喪があけたころには、式を挙げられるように予定を進めていますよね。
でもあなたは、それを全然よろこんではいなかった。
仕事中は生気がなく無気力で、涼子さんと会っていても、ずっと、心ここにあらずといった様子でした。
わたしは知っています。
あなたは、夜な夜な、わたしの遺影をながめては、ひとりぼろぼろと泣いていましたよね。
わたしの名を呼んで、後悔と懺悔で自分を責め続けていました。
わたしのことを、かけがえのないものとして愛してくれていたんですね。あなたのそばに戻ってきてからずっと、わたしはその姿をみていたんですよ。
愛する兄さん、わたしのイザナギ。
あなたにふたたび触れられることが、うれしくてなりません。
この手紙を書き終えたあと、わたしはあなたの腕を、指先を使って、あなたの身体を強く抱きしめるでしょう。
愛情に比例して、指先は肌にのめりこみ、腕は巻きつき、身体はねじれていくでしょう。
ひとつの身体に宿ったふたつの魂は、からまり、もつれ、もう二度と離れることのないように、固く結ばれるんです。
兄さん、死は、恐れるものではありませんよ。
思い出が色とりどりの鮮やかな渦となって、わたしたちの魂にからめとられ、地獄に落ちてもなお、永遠に失われることはありません。
河に沈んだわたしたちの枯れ葉は、永遠の渦を漂い続けるでしょう。
最後に、三上涼子さん。
兄さんと結婚を約束した人。おそらくこの手紙を読む最初の人となることでしょう。
わたしは、あなたと話をして、いっしょに過ごす時間がもてて、ほんの少しだけど姉ができたような気がしてうれしかった。あなたの人柄の良さに触れて、家族とはこんなに温かみのあるものだと知ることができた。
だけど、わたしの方が兄さんを愛しているの。
だから、いっしょに連れて行きます。
(完)