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バスチケット紛失 【世界旅行記079】
2012年12月16日(日)〜17日(月) ホイアン → フエ → ハノイ(夜行バス)
ホイアンからすこし北上して、フエへ出た。フエは、ベトナム最後の王朝である阮朝(グエン朝)の都があった場所で、その建造物群がベトナム最初の世界遺産に指定されている。阮朝は1802年から1945年まで存在したというから、かなり最近の王朝である。
最初はこの町に1泊しようかと思ったが、同じ古い町並みと言っても、地図で見るとホイアンよりずっと広大だし、見どころも点在していて、とても徒歩で回れそうなスケールではない。なにより、調べて出てくる写真がみな遺跡みたいなものばかりで、「これはわたしの好きな町じゃない」という予感がして、泊まらないことにした。
ホイアンを朝8時に出発して、フエに着いたのは昼前だった。それから、ハノイ行きの夜行バスが出る夕方5時までのあいだ、フエをぶらぶらした。
フエの町に対する直感は的中した。古都と言っても、よほどあたり一帯が古い建物で埋まっていない限り、風景はありきたりなものである。近代的な建物の合い間に、ぽつんと歴史的建造物が建っていたところで、町並みに与える影響は小さい。むしろ、こういう町は、新旧の建物が中途半端に入り交じってしまっている分、よけいにさびれた印象を与える。歩いていて、なんだか物悲しい気分になる。それならば、たとえ意図的に造られた町だとしても、通り全体を古い建物で統一し、バイクや車の通行を制限してまで景観を保とうとするホイアンのほうが、町歩きはずっと楽しい。
いちばんの見どころは阮朝王宮だというので行ってみたが、ベトナム戦争でほとんどが破壊されており、いまだに見るも無残な状態のまま放置されていた。はっきり言って、ただの原っぱが広がっているだけである。ほとんど見る価値はない。
この王宮を見て回っているあいだに、あろうことか、わたしはハノイ行きのバスチケットを紛失してしまった。ズボンのポケットに入れておいたのだが、気がついたらなくなっていたのだ。チケットと言っても薄紙の小さな半券で、「こんなポケットに入れておいたら落としそうだな」と思っていたら、本当に落としてしまった。iPhoneを取り出すときに一緒に落としてしまったのだろう。チケットを紛失するなど、この旅ではじめてだ。どうも、たるんでいてよくない。
ベトナムのバス移動には、オープンバスチケットという仕組みがある。南北に極端に細長いベトナムでは、北のハノイと南のホーチミンを結ぶ、ほぼ一直線上に主要都市が点在している。だから都市間の移動は、基本的に北へ行くか、南へ行くかの2択しかない。このどちらかのルートを選んでチケットを一括購入し、好きな日に移動できるようになっているのが、オープンバスチケットである。ようは一方向限定のフリーパス。ホーチミンからニャチャンに出て、その日のうちにフエ行きに乗り継いでもいいし、1週間滞在してからフエへ向かってもいい。バスの予約は前日で間に合う。
なぜこのような仕組みが普及したのか不明だが、あらかじめまとめて購入するのだから、都市間ごとに個別にチケットを購入するよりも安いはずである。それなのに、わたしはフエからハノイへ向かう最後の区間のチケットをなくしてしまった。いちばん長い距離を走るから、価格もいちばん高いはずである。
なくしたことに気づいた当初は、まあどうにかなるだろうと思った。フエに着いて荷物を預かってもらうときに一度チケットを見せているし、大元の4枚綴りのチケットの半券も持っている。それに、ハノイ行きのレシートの写真も丁寧に撮ってあった。ちなみに、バス予約の際に、大元の4枚綴りのチケットをバス会社に提示して、別途、その区間のレシートをもらう。これが実際の乗車チケットとなる。いずれにせよ、これだけ証拠があれば、許してもらえるだろうと思った。
ところが、そう甘くはなかった。バス会社のスタッフは「レシートがなければ絶対に乗せてやらない」というのである。昼に一度チケットを見せたおばさんは、わたしのことを覚えていたが、それでも「ダメ!」の一点張り。あまりに頑ななので、わたしも必死に食い下がった。
どうやら彼らの主張はこうで、そのレシートがないと自分たちはお金を受け取れない。それに、「もしそのレシートを他人が見つけて乗車したらどうするんだ」と言う。「番号の控えがあるんだから判別できるだろう」と言ってみたが、「こんなにたくさん客がいるのに見分けられるはずがない!」と叱られた。あとになって、「レシートは川に落としたから誰も見つけられないはずだ」という言い訳を思いついたが、まあ言ってみたところで効果はなかったろう。
このオープンバスチケットは、数多の旅行代理店が扱っていて、さらにバス会社も複数運行している。これらが複雑にからみ合って、うまいこと乗客を乗っけている。同じチケットでも、区間によって利用するバス会社が異なるし、バス会社が異なれば到着場所も微妙に異なる(そのバス会社の事務所に停車するため)。
今回の場合、オープンバスチケットを購入したのはホーチミン、バス予約をしたのはホイアン、そして実際にバスに乗るのはフエ。こう複雑に利害関係者が入り込んでしまうと、フエのバス会社にお金が渡るには、そのレシートが必須なのである。そんなに大事なチケットなら、もっと丈夫な紙にして、「なくすな!」と明記してほしいものだが、まあ何を言ってみたところで、悔しいけれど悪いのは紛失した自分自身である。
そういうわけで、仕方なくハノイ行きのバスチケットを買い直した。日本円にすればたかだか1000円強だが、その日にわたしが使った金額は800円に過ぎないのである。そんな金銭感覚のなかで、1000円強のムダな出費は、身を切られるような思いがするのである。それでこうして、何百字にもわたって憤っているのである。
ホーチミンを出発したときは、あらかじめ座席を指定できたオープンバスも、ニャチャンからホイアンへ向かうときは、座席を指定してあるのに実際は自由席、今回のハノイ行きに至っては、はじめから指定という概念などなく全席完全自由席という有り様。北へ行くにつれて、どんどんルーズになっていった。だから乗り込むときも、全員がいっせいに乗車口に集まって我先に乗ろうとして、まったく収集がつかない。スタッフも陣頭指揮を取らない。中国を思い出した。そういえば、ここはもう中国に近い。
ようやく確保した座席は、そのあと乗り込んできたおばあさんに平気で乗っ取られた。堂々と同じ座席に腰かけ、ヘラヘラと笑ってくるのである。どうやら家族が隣に座っているので、そこに座りたいらしかった。その嫌らしい表情に嫌気がさして、英語もまったく通じないことだし、わたしはほかの席へ移動した。
どうも気分が苛立ってよくない。そもそもこんなに苛立っているのは、自分がチケットをなくしたからである。負の感情は、悲しいかなぜんぶ自分のせいなのである。
バスは夜、トイレ休憩でレストランに立ち寄った。食欲もなかったので、5,000ドン(約20円)のフランスパンをかじっていた。すると、よほどひもじく見えたのだろうか、バスで一緒だった高校生くらいの少年が、持参していたおかずを黙って差し出してくれた。彼もひとりで乗車しているらしかった。そのおかずは、ちまきのようなもので、なかに茹でた海老が入っていた。お母さんが作ったか、あるいは買って息子に持たせたのだろう。しっかり味がついていて、ひとつほおばるだけで満たされた。なにより、その少年のやさしさがうれしかった。今日一日の負の感情が、瞬時にリセットされたような心地がした。
翌朝、夜が明ける前にハノイに到着した。予定より30分ほど早い。予約していた宿へ向かうと、まだ開いていなかった。しばらくあたりをウロウロして時間をつぶした。人々が路上で朝ごはんを食べている。公園では年寄りがバドミントンをやっている。朝からずいぶん活発である。
オープンした宿に行くと、昼まで部屋が空かないという。聞いてみると、ハノイでの一大目的、ハロン湾観光のツアーバスは、8時に出発するという。ちょうど間に合う。昨夜は疲れ切っていたせいか、めずらしく夜行バスでぐっすり眠れた。いまは不思議と元気だ。
昨日からバス移動に継ぐバス移動になるが、どうしようか。すこし迷ったが、思い切って、そのままハロン湾へ向かうことにした。宿でシャワーを借り、朝食までサービスしてもらって、大慌てで8時のバスに乗り込んだ。ハロン湾まで、片道3時間半の道のりがはじまった。
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Travelife Log 2012-2013
世界一周の旅に出てから12年。十二支ひとまわりの節目を迎えた今年、当時の冒険や感動をみなさんに共有したいという思いから、過去のブログを再発信することにしました。12年前の今日、わたしはどんな場所にいて、何を感じていたのか? リアルタイムで今日のつぶやきを記しながら、タイムレスな旅の一コマをお届けします。