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夏を追いかけて 【世界旅行記100】

2013年1月20日(日)〜21日(月) マレーシア クアラルンプール → オーストラリア シドニー(エアアジア)
2013年1月21日(月) シドニー → アルゼンチン ブエノスアイレス(アルゼンチン航空)
2013年1月28日(月) ブエノスアイレス

マレーシアで10日間の瞑想コースを終え、息つく暇もなく、その日の夜行便でオーストラリアのシドニーへと向かった。そこでオーストラリアやニュージーランドを旅していた妻と再会し、その日の夜行便で今度は南米へひとっ飛び、アルゼンチンのブエノスアイレスへとやって来た。シドニー空港に無料で使えるシャワーがあって、たすかった。

こんな強行軍になったのにはわけがあって、シドニーからブエノスアイレスへ7万円で飛ぶ格安便(しかもアルゼンチン航空)が、その日しか手に入らなかったのだ。飛行機はバスや列車と違って、1日ずれるだけで値段が倍半分になったりするから、ぜんぜん融通がきかない。

はじめてのオセアニア上陸だったが、シドニーでの実質滞在時間は、わずか5時間。瞑想明けで寡黙になっているかもしれないという妻の淡い期待を裏切り、わたしはオペラハウスの見えるカフェで、10日間の瞑想体験をあますことなく妻に伝えた。2時間ほどしゃべり倒した。そのせいで一気にエネルギー切れとなり、飛行機のなかはほとんど寝て過ごした。

気がつくと南米大陸にいた。南米についての知識をまったく持ち合わせていないわたしは、いま自分が南米大陸のどこにいるのか、よくわかっていない。南米にある国の名前も、ぜんぶは言えない。どうやらずいぶん遠くまで来たらしい。南米はどでかいらしい。しかも、スペイン語しか通じないらしい。

街へ出てみたら、本当に英語が通じない。英語で話しかけても、かならずスペイン語が返ってくる。いまはなにをするにも、スペイン語の話せる妻に頼りっきりである。あれほどひとり旅に焦がれていたくせに、ここでは妻のあとを追いかけるように歩いている。旅のプランニングも、すべて妻まかせだ。「どこへ行きたい?」と聞かれても、南米になにがあるのかさっぱり知らないから、「どこでもいい」と答えては妻を困らせている。

わたしの心は、いまだアジアにいる。アジアが恋しい。アジアがなつかしい。

あたらしい旅をはじめる気力が、いまひとつ湧かない。また停滞してしまった。アジアの半年の旅を終えて、なんとなく満足感というか、充足感のようなものが生まれている。いまの自分に満足するようになった。もうこれ以上、旅をしなくていいかもしれない。瞑想の成果もあってか、「いま行かないと、もう一生行けないかもしれない!」といった焦りもなくなった。「行きたくなったら、また行けばいい」と、いまは思える。いつ旅を終えてもいいような気分になっている。いま日本にもどっても、いろいろな嫉妬、執着、嫌悪の感情を持たずに、自分を保てるような気がする。

わたしは一つひとつの出来事にけじめをつけないと次へ進めないタチだから、南米の旅をはじめる前に、どうしてもヴィパッサナー瞑想の記録をまとめておきたかった。しかし、書きたいことは山ほどあっても、実際に書くという作業はなかなか気力がいる。結局、記録をまとめるのに時間がかかって、ブエノスアイレスに1週間も滞在してしまった。アルゼンチンは驚愕するような物価の高さだが、宿はヨーロッパ仕様で居心地がよかった。

わたしたち夫婦は、2人とも極度の冷え性のため、寒いところが苦手だ。だから、夏を追いかけるように旅をしてきた。まだこの旅に執着があるとすれば、それはヨーロッパでバカンスを過ごすことである。しかし、冬のヨーロッパの寒さは耐えないだろうから、あたたかい季節になるまで待っている。ヨーロッパの旅は、5年間、仕事最優先で働いてきた自分へのご褒美として取ってある。

南米はいま、夏真っ盛りだ。こうしてあたたかいところをめぐっているので、わたしの心は出発時の夏をずっとひきずっている。昨年の夏で時間が止まっているようだ。2012年の夏が、ずっと続いているような感覚がする。今年の夏に帰国したら、自分だけ時を経なかったような感覚になるかもしれない。

ブエノスアイレスでは、快適な宿にほとんどこもりきっていたが、それでも妻に連れられていくつか名所をめぐった。なかでもおもしろかったのは、タンゴ鑑賞である。

わたしたちは3種類のタンゴを見た。ミロンガと呼ばれる庶民のタンゴバー、アマチュアによる街頭でのタンゴ舞踊、そして、プロによるディナー付きタンゴショーである。

なかでもミロンガは、観ていて飽きなかった。ここは、地元の紳士淑女たちが集う社交の場になっている。若者はほとんどいない。たいていは男性だけ、女性だけで会場に来ており、男性がパートナーを探す。女性はコーヒーでも飲みながら声がかかるのを待つ。男性と女性が意気投合すると、フロアに出て一緒に踊る。なかなかパートナーが見つからない男性もいれば、腕がいいのか口がうまいのか、すぐにパートナーを見つけては踊りに繰り出す男性もいる。

踊りだけでなく、その前後の様子を観察しているのが、実におもしろい。さすがにひとりの女性を男性が取り合って喧嘩になるというようなことはないが、目で訴えかけたり、さりげなく女性の前を往復したりと、目に見えない様々なたたかいが繰り広げられているようだった。タンゴは男女が顔を近づけて踊るから、そこでのコミュニケーションも重要になるのだろう。

タンゴの音楽は哀愁をおびていていい。バンドネオンの音が悲しげにフロアに響きわたる。踊っている最中は、みなほとんど無表情だ。見ているに、タンゴは男性と女性の間合いがすべてを支配している。身体や呼吸で感じるその間合いが一致すると、至福のときを味わえるのかもしれない。

わたしも運動靴でなかったら、すこし踊ってみたかった。踊りなんかやらないわたしでも、そう思ってしまうくらい、ミロンガは魅力的な場所だった。

明日から、いよいよブエノスアイレスを出て、南米の旅をはじめる。妻のプランニングでは、アルゼンチンを南下して、パタゴニアへ行くそうだ。ひさしぶりの大自然に、心をアジアから南米へと一気に引き寄せられるかもしれない。

街頭でのタンゴ舞踊(サンテルモ地区)
誰でも参加できるミロンガ(La Confitería Ideal)
彫刻のような顔をした宿のおにいさん

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Travelife Log 2012-2013
世界一周の旅に出てから12年。十二支ひとまわりの節目を迎えた今年、当時の冒険や感動をみなさんに共有したいという思いから、過去のブログを再発信することにしました。12年前の今日、わたしはどんな場所にいて、何を感じていたのか? リアルタイムで今日のつぶやきを記しながら、タイムレスな旅の一コマをお届けします。


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