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「キーデバイス(キーとなる要素技術)は内製化」は本当に正しい戦略か 〔学びあうオープンイノベーション(3)〕

 先日、筆者の著書「学びあうオープンイノベーション」をベースにした「なぜソニーは、世界最強の『CMOSイメージセンサー』を開発できたのか」という記事(※1)がJBpressより公開されました。
 この記事の内容は、日本のモノづくり企業では「オープンイノベーション」に対し誤解があると述べ、「脱自前主義」がオープンイノベーションの本質ではないと説きました。その具体例としてソニーが自社技術と他社の技術を上手く組み合わせて世界最強のCMOSセンサーを開発した事例を紹介しました。なるほど、従来のオープンイノベーションでは「脱自前主義」を誇張し自前主義が悪いことかのように言われていたが、ソニーは全て他社の技術に依存したのではなく、自前で開発した技術も活かしているのだなと思われたことと思います。ただし、ここで重要なことは、「自社技術と外部技術の組み合わせ」にあるのではありません。

 以下は、池井戸潤さんの著作で有名な小説「下町ロケット」(※2)の中で、主人公である佃航平が経営する下町の中小企業である佃製作所に、日本を代表する大企業の帝国重工が佃製作所の特許を買いたいと申し入れに行くシーンです。
―――――
「当社としてはキーデバイスの権利は全て押さえたいという事情がありまして」
財前はふいに硬い口調になる。
「買うより、使用料を支払ったほうが安いのに、ですか?」
いかにも釈然としないという口調で、殿村がきいた。
「失礼ですが、御社が他社に対してもあの技術を提供してしまったら、ウチのロケットの優位性が保てなくなります」
「そうしないような契約にすればいいじゃないですか」
佃は少しあきれていった。「独占使用権のような形で契約すれば、問題ないと思いますが」
「いや、それではちょっと・・・弊社のスタンスと合わないので」
どんなスタンスだ。借りるのではなく買い上げて自分のものにしないと納得しない。だとすれば随分、横柄な話である。
たしかに、プライドの高い帝国重工だ。キーデバイスの、それこそもっとも難しい技術を、他社技術に依存するということに抵抗があるのは、かつて似たような組織にいたから佃にもわからないではない。しかも、相手は大田区のちっぽけな会社である。巨額の開発費用をかけた手前、なにがなんでも技術は自分のところで押さえたい―――そんな思惑はひしひしと伝わってくるが、どこか気に食わない。
――<以上小説「下町ロケット」(池井戸潤著作)より引用>――
 これは、帝国重工が宇宙ロケットを開発するにあたって、重要な基幹技術(キーデバイス)の特許取得に関し、あろうことか下町の中小企業に先を越されてしまい、帝国重工の責任者である財前は失意を感じつつ、心の中で相手(佃製作所)を見下すことで、かろうじて心の均衡を保つという複雑な心境下で頭を下げているシーンです。
 この小説の中で登場する帝国重工は、何もかも自社で製造する訳ではなく、キーデバイス(キーとなる要素技術)だからこそ自社で抱え込みたいという考えです。この「キーデバイスは内製化」というのは現実の日本のモノづくり企業で技術戦略の根幹として長く信じてこられました。
 ソニーの話に戻すと、下図に示したように、ソニーは、世界最強のCMOSセンサーを開発するにあたり、CMOSセンサーの高性能(高画素)と小型化を両立させるためにCMOSセンサーの回路部と画素部を積層化しました。そのための要素技術の多くを自前で開発したのですが、「酸化膜接合技術」の部分を米国のベンチャー企業から調達したのです。積層化するうえで回路部と画素部を接合するための技術はキーとなる要素技術といえます。ソニーは、このキーとなる要素技術である接合技術を外部から、しかもベンチャー企業から調達して、早期に積層型裏面照射型CMOSセンサーを開発し、商機を逃さずに世界一の座を確保した訳です。

図:裏面照射型CMOSイメージセンサー断面図(※3)
「学びあうオープンイノベーション」~新しいビジネスを導く“テクノロジー・コラボ術”~」2024年(日本経済新聞出版 日経BP)図4-1より

 現代は、不確実性が高く、変化のスピードが速い時代です。このような時代に強みとなるのは組織としての変化に対応できる柔軟性と商機を逃さない実行スピードにあります。それを実現するうえで欠かせないのが外部連携「オープンイノベーション」なのです。
 キーとなる要素技術を外部から調達していてはビジネスで成功できないというのは本当でしょうか。従来は、それが正しい戦略であったかもしれませんが、時代が変化する中で、その戦略を盲目的に信じていないかどうかです。小説「下町ロケット」でのワンシーンは日本のモノづくりにおける問題点を示すものといえ、その逆を現実に実行したのがソニーのCMOSセンサーのケースといえます。
 もちろん、現代でも「キーデバイスの内製化」が正しいケースもあると考えられます。大事なのは「キーデバイスの内製化」が正しいかどうかではなく、状況に応じた戦略の柔軟性にあります。その柔軟性こそが組織が思考停止に陥らないうえで重要といえます。

※1:JBpress 2024年6月6日記事「なぜソニーは、世界最強の『CMOSイメージセンサー』を開発できたのか ―『脱自前主義』を掲げながら、日本のモノづくり企業に『オープンイノベーション』が浸透しない理由―」
※2:「下町ロケット」池井戸潤著(2013年)小学館
※3:「学びあうオープンイノベーション」~新しいビジネスを導く“テクノロジー・コラボ術”~」2024年(日本経済新聞出版 日経BP)図4-1より(元情報は筆者調べ)

「学びあうオープンイノベーション」~新しいビジネスを導く“テクノロジー・コラボ術”~」2024年(日本経済新聞出版 日経BP)

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