プッククン展②#窓18ギャラリー - ささやかな補助線
8月最終週!
8/16(月)から始まった窓18ギャラリーの二回目ゲスト
プッククンさんによる展覧会、プッククン展、二週目に入りました。
テーマは「いつもと変わらない いつもの街から」
前編:セレクト一頁漫画展 8/16(月)〜9/12(日)
後編:アンコール展 9/13(月)〜10/10(日)
場所は京都市左京区。くわしくはこちら。
公園や美大に近い、事務所の立地を生かして
オンラインの世界からこぼれ落ちる、子どもや高齢者にも届くよう
ポスター的に、マンガや絵本を展示する #窓18ギャラリー
漫画家、絵本作家を目指す方々
地域の伝統文化・産業のバトンを次世代に渡すべく奮闘中の方々の物語を
週替りでお届けする、オムニバス路上「個展」です。
今週二週目のお話は「ふた」
「探しても探しても見つからないとき、あなたならどうしますか?」
そんな問いかけが聞こえてきそうな漫画です。
「失くしたものが ふと出てくることもあります。」
思い込みのせいで見つからないこと、確かにあります。
渦中で見えなくなること。時間が経てば分かること。
編集部のおススメにも選ばれた作品です。
今回は、プッククンさん一頁漫画にある静かな魅力を
ひもといてみたいと思います。
観察は発見すること
まだ暑く、人通りもまばらで、はっきりしたことは言えません。
…が
シルバーグレー紳士や若者カップルの姿が目立った前回みりこてんとは
ちょっと客層が違う気がします…
買い物帰りとおぼしきお姉さま方、あるいは
30代〜40代の男性の方(細身)が、足を止められることが多いような。
プッククンさんご本人からも、
ママフォロワーさんが多いと聞きました。
…分かる気がします。
アラサー独身男性の実録「ていねいな生活」には
思わず「こんな夫、息子だったら…」を妄想してしまう場面があちこちに。
日々のお料理はもとより
…年単位でメダカも飼う!
題材が日常生活であるにも関わらず
パーソナルな部分には、ほとんどふれられず、謎の多いプッククンさん。
ですが、だからこそ、じんわり価値観が伝わってきます。
小さなものへの愛は、割れたお皿にも。
「皿」
中でもぐっと来たのが、この作品
「米」
お米を抱えるポーズから、このフェルメールの絵とリンクしたその感覚に
新鮮な驚きがありました。
絵の中で注がれているのは、牛乳です。
フェルメールといえば、光を点という粒子で表現する作家。
この漫画を読んでからというもの、米袋を開け移し替えるたび
さらさらとこぼれゆくお米が光の粒に見えるようになりました。
こんな作品もあります。「電車の音」
お風呂の換気扇から聞こえる音。
思い起こせば、雨の中、鉄橋を走る電車の音とよく似ています。
これまで結びついていなかった点と点が、結びつく瞬間
ポーンと自由になる感覚。
この感覚を味わう余白がしっかりとデザインされているところが
プッククンさん漫画の最大の魅力だと、私は思います。
物語は具象と抽象との間に橋をかける地図
肝心の漫画の内容については、精一杯描いているけれど、
悲しいかな、ヤマもなければ、オチもなく、イミもない。
略して「ヤオイ」。
プッククン「1ヵ月漫画を描いてみて、さらにがんばろうと思った話」より
流行病をきっかけに、2020年GWから漫画を描き始めたプッククンさん。
漫画を描き始めて1ヶ月後に、ご自身の漫画をこう評しています。
…ここで私が「そうそう」と乗っかってはいけませんが
わからなくもない気はします。
初めて漫画を読み終えたとき
遠くで「…ヒロシです…」という声が聞こえた気がしました。
確かに、プッククンさんの漫画は淡々としています。
でもね、だから。
その客観的な視点は、まるで他の人の生活を眺めるよう。
一頁にまとめるという制約から
「間」と「リズム」が周到に練られています。
それは日記というよりむしろ、俳句。
たとえば「パイナップル」から。
試しに、次のテキストと漫画との読後感を比べてみてください。
パイナップルを買ってみました。
買って2〜3日は観葉植物のように
テレビのように飾っていましたが
包丁を入れてみたら
意外と解体しやすかったです。
バラバラにしていくと
タッパー3箱分になりました。
これから三日三晩かけて食べます。
漫画を通してだと、
パイナップルという果物が持つ造形の面白さ
その有機的な形を解体するワクワク感、味を楽しむプロセスが
鮮明に伝わってくる感じがしませんか?
…決してテキストが劣っていると言いたい訳ではありません。
ただ、このテキストだけのものと漫画は、イコールにはならない。
テキストだけで表現するのは、書くのも読むのも難度が高い。
絵を描くとは、そもそもかなりの観察を必要とする行為です。
そしてそこに流れをつけて一頁の漫画にするには
ぎゅっと圧縮する必要がある。
私は自分自身が図を描く仕事をしているので
ものごとの成り立ちを図として認識した方が
理解しやすいところがあります。
削ぎ落とされた結果、浮かび上がる抽象。
そこに感情を乗せることのできるプッククンさんの漫画は
まるで地図のようだと思いました。
*
ときに、地図に関するもので、こんなお話があります。
ハンガリー軍の偵察部隊が、アルプスの雪山で遭難したときのこと。
猛吹雪でいつやむか分からない。
恐怖におののき、なす術なくあわや遭難となったそのとき
隊員の1人が偶然ポケットから地図を見つけた。
その地図を見て落ち着きを取り戻した一行は
「これで帰れるはず」と下山を決意し
地図を片手に方向を見定めながら進んだところ
無事に雪山を降りることができた。
そして下山後、上官が見つけた地図は
アルプスではなく、ピレネーの地図だった。
丁寧に観察され、抽象化された一つの地図が
人を動かす力についてのお話です。
たまたまポケットに入っていた地図がアルプスと同じ登山の難しい山
ピレネーのものだったというところが
一番のポイントだと私は思います。
全く違ったところにあっても、山は山。
その尾根や谷を結ぶ線には、ある法則がある。
それを頼りにしたからこそ、無事下山できたのではないかと思うのです。
絵と文の組み合わせから
コマ割りによって読み手が自由にリズムを調整できる漫画には
可能性があると私は思います。
このダイレクトに心に訴求する力の強い漫画には
もっと活躍の場が開かれているのではないかとも思っています。
次回、次々回は
日常漫画の執筆を出発点に
プッククンさんが見つめる未来へのまなざしを通して
漫画という媒体の可能性についても考えてみたいと思います。
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次週のプッククン展もどうぞお楽しみに!
ご本人、プッククンさんによる記事はこちら。
「ふた」へ至る道は直線ではなかったというお話です。
「みりこてん」「プッククン展」の模様は
すべてこちらのマガジンに入っています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。心から感謝します!