日本のHIPHOPを聴く理由
ここ7、8年ぐらい私は日本のHIPHOPばかり聴いている。
今回は、日本のHIPHOPのどのような部分に私は魅力を感じているのかを自己分析していく回としたい。
【上手いこと言う面白さ】
まず、私が感じているHIPHOPの魅力の一つに、面白いパンチライン(歌詞の中で特に印象に残る部分)と出会えた時の喜びがある。
曲中のどのようなリリックをパンチラインと感じるかは人それぞれだと思うが、私にとってのパンチラインは、「うわ~、上手いこと言ってるわ。」「これは一本取られたわ。」と感じるようなリリックだと捉えている。
そして、このようなパンチラインと私を最も多く出会わせてくれるラッパーが仙人掌だ。詩的な歌詞を書くのが得意なラッパーのことをよく「リリシスト」というが、仙人掌がそのリリシストぶりを発揮しまくっている、私が特に好きなパンチラインを以下にいくつか挙げておく。
・「今夜も俺と俺の影と二人」
仙人掌が所属するクルーMONJUの代表曲『Black deep』の一節。夜の街に自分ひとりであることを「ひとり」という言葉を使わず表現する気の利いたワンバース。
・「クエスチョンマークを逆さまにして、釣り針のように光を手繰り寄せる。」
MIX CDの「LIVE ON REFUGEE」の収録曲『Cheeky song』の一節。
?(クエスチョンマーク)を逆さまにすると釣り針のような形になる。つまり、先が見えない未来への不安を挑戦する意志へと反転させ、魚を釣り上げるように希望の光を掴み取るということ。おしゃれメタファー。
・「俺が姿を消すのは、お前の部屋のクリネックスより早いぜ。」
1stアルバム「VOICE」の収録曲『Be Sure』の一節。
これは正直意味を理解できるまでに少し時間を要したが、おそらく、のろまでWackなMCの制作を自慰行為に喩え、お前がシコシコ自己満足的な曲を作って、クリネックス(ティッシュペーパー)を無駄に消費している間に、俺はお前の手の届かないところまで行っちまってるぜ的な内容なのだと思う。
下ネタを交えてもなんかカッコいい感じになるユーモアに脱帽。
もう一人、私が仙人掌と同じぐらい大好きで、日本を代表するリリシストと呼ばれるラッパーC.O.S.A.のお気に入りリリックも一つだけ挙げておく。
・「いつかJay Adamsのように100%YouってTattooを彫る。そんなジョークも飛ぶ。例えばJailに入っていてもずっと待つ。それはRemy Maを待っていたPapoose」
「将来老いたときはサンチャゴ。捨てるか、失うか、共にかの三叉路。」
EP「Girl Queen」のタイトル曲『Girl Queen』の2バース目から一部抜粋。
一人の女性に対する愛情を1バース目から比喩表現フル活用でめちゃカッコよく伝えるC.O.S.A.らしさ全開の一曲。
上に挙げたリリックの意味を解説しておくと、
アメリカのカリスマ的スケートボーダーJay Adamsが右胸に「100% Skateboarder」というタトゥーを彫っていたように、自分も「100% You」というタトゥーを彫り、彼女への愛を誓う。
アメリカの女性ラッパーのレミー・マーが発砲事件への関与で服役している間もその帰りを待ち、その後刑務所内で結婚式を挙げた恋人のラッパーのパプースのように彼女を愛し続ける。
二人がこれから歩んでいく道をスペインのサンティアゴ巡礼路の旅に喩え、さらにその途中で出会う人生の選択(捨てるか・失うか・共に進み続けるか)を三叉路に喩えている。サンチャゴと三叉路でしっかり韻を踏んでいるところが憎い。
このように愛を表現するために次々と用いられる比喩が、どれも非常に洒落ているし、その意味を読解できた者に快感を与えるギミックとなっていて、聴いていてとても楽しい一曲である。
以前、何かのインタビューで阿川佐和子さんが、父で小説家の阿川弘之氏から、夏の暑さを表現したいなら、「暑い」と書くのではなく、日陰の涼しさを書いて伝えろと教わったという話をされていた記憶があるが、この二人の曲ではまさにそのような表現がラップを通して行われている。
スチャダラパーの楽曲に『B-Boyブンガク』という曲があるが、彼らの表現は詩や小説を読むような知的好奇心をくすぐる楽しさを与えてくれる。まさにストリート生まれの文学だ。この読書のような楽しさが日本のHIPHOPに私が魅かれる大きな要因の一つである。
【生きづらさへの怒りとエンパワーメント】
たまに、アフリカ系アメリカ人が人種差別や貧困、犯罪などといった問題を社会に訴えかけるために広まった本場アメリカのHIPHOPに比べると、日本のような恵まれた環境で歌われるHIPHOPはリアルではないみたいな話を耳にすることがあるが、本当にそうだろうか。
アメリカのHIPHOPが、アメリカの社会問題に起因する生きづらさを歌う音楽なのだとしたら、日本にも、日本の社会における生きづらさへの怒りや、その現状を知ってもらいたいという想い、生きづらさを感じている人たちをエンパワーするためのメッセージを伝えているHIPHOPアーティストがたくさんいる。
そのテーマは、在日外国人や女性、性的マイノリティへの差別、貧困や格差、いじめ、年齢や性別によって望ましい生き方や振る舞いを求められる息苦しさ、大きな組織に属さず一般的なルートから外れたインディペンデントな活動をしている人々が抱える不安など多岐にわたる。
そして、わたしもそういったアーティストたちが表現するHIPHOPに何度もエンパワーされてきた者の一人だ。
例えば、5lackの『NEXT』という曲の中に「想像で堕ちるな。」というリリックが出てくるが、私は先行きが不安でついついネガティブな思考になってしまう時、いつも心の中でこの言葉を唱えるようにしている。そうすることでいつも少し強い気持ちになれる。
また、去年私が精神的にしんどい時に一番よく聴いていた曲にISSUGIの『366247』という曲がある。
ISSUGIの曲からは、明確な政治や社会問題へのメッセージなどが読み取れることはあまりないが、彼の多くの曲は『366247』のように、ブームやメインストリームとは異なる表現手法や、周りとは違う生き方を選択した自らを奮い立たせ、常にぶれずにやり続けることの大切さを示してくれている。
最後に、私が一番好きなラッパー田我流についても触れておく。
田我流は今まで、『Broiler』、『STRAIGHT OUTA 138 feat. ECD』のように直接的な表現で政治に対する不満を歌う曲や、ユーモアを交えながら一人の父親として年金の支払いや老後の不安などの身近なテーマを歌った『Hustle』など、様々なメッセージ性を持った曲を発表してきているが、その中でも私が最も好きな曲は、やはりEVISBEATSとの共作である彼の代表曲『ゆれる』だ。
田我流はこの曲を通して、普通の田舎の街に暮らす、何者でもない人に訪れる、何てことのない日常のワンシーンですらアートとして昇華され、日本中の人々の心を揺らすことができると教えてくれる。そして何者でもない者の背中を押してくれる。自信を与えてくれる。
田我流関連の曲だと、他にもAndre feat.田我流& Highcutieeeによる『Life goes on』にも触れておきたいし、他のアーティストでも、Valkneeの『Not for me』やCOVANの『Vibe』、Ryugo Ishidaの『YRB』、7(nana)の『SEVEN ELEVEN』などたくさん語りたい曲があるが、今回はすでに大分長くなってしまったので、ここらでストップしておく。
日本のHIPHOPはマイブームという範疇ではなく、ここ10年ぐらいシーン全体にめちゃくちゃ勢いがあって、毎週のように面白い曲がどんどん発表されているので、これからもどんな素晴らしい作品と出会えるのか本当に楽しみです。