ガム
私の鼻の中を抜けて出るのはさっきつまみ食いしたスナックのにおい。
嗅覚って感情に大きく影響するって知ってる?
一昨日座った喫茶店の席も最悪だった。
広く快適なテーブル。コンセントもある。個人情報をさらし放題の無料Wi-Fiもつながっている。
日当たりもよく、一人専用の席もあり長居するのにいいと思った。
唯一の欠点は人の出入りが激しかったこと。
平日の午前中なのにほぼ満員。私の両隣の席も埋まっていた。
店員があからさまに音を立てて、客の去ったテーブルを片付け始める。
私の2つ隣に座る白髪のご婦人は、若い定員の無言の圧力にも屈しない肝っ玉の持ち主で、立てこもりよろしくまるで時と空間の部屋を得たかのように、前傾姿勢で本を読みふけっていた。
クライマックスが近かったんだろうか。
サスペンス?ラブストーリー?あれが官能小説だったら笑える。
そんなご婦人を見習って私も居座りを決め、執筆にとりかかる。
ノートサイズとは言えない大きめのPCを広げて、そこらのMacユーザーとは違うんだぜと誰にともなく見せつけながら、よっこいしょといった感じで起動するのを待つ。
待つ。
アプリゲームの周回プレイをしながら待つ。
新作の小豆入りミルクティーを楽しんでいるといつの間にか12時近い。
仕事はどうした。
せめてここの飲食代くらいは稼ごうと乗らない筆を緩慢に動かしていると隣に20代くらいの女性が座る。
先ほどのタバコくさい男性よりもマシだと思ったのも束の間、その女性が座った途端何とも言えないニオイが私の鼻をついた。
油と汗が混じったのを蛍光塗料入りの洗剤でなんとかごまかしているような難しいニオイ。
でも嗅いだことのあるにおいでもある。
あれは卒論の提出が迫ったゼミ室で、おしゃれな一人暮らしの女性がさせていたにおいだ。
その日は灯油ストーブもいらないような温かな日だった。
彼女は汗をかいていたんだと思う。
お風呂に入れていたかは定かでないけど。
でも若い女性だし、慣れる。きっと慣れる。脂ぎったおっさんが隣に座るよりましでしょ?
と、言い聞かせながら私は伝票を手に取りレジへ向かった。
いくら美しい人でもニオイだけは・・・ニオイだけは・・・。
なんの話だっけ。
ガムの話だ。
そう、ガムをかむと口の中がすっきりする。
歯磨きができない時の味方。
歯磨きしない時の心のよりどころ。
20代の働く女性が道端でガム食べてるのを見たことがないけれど、私は噛むよ。
女性らしくない?柄が悪い?
女性らしさって何さ。ガム噛んだっていいじゃない。
思う存分噛んでやる。家か車の中で。
彼はいつも私の口内を清潔にしようと、そのなけなしの糖分ゼロというスキルで頑張ってくれている。
合コンだったら年上に好かれそうな奥手なタイプ。
一見爽快感がありクールに見えるその態度も、奥には深い愛情が宿っている。
そして鼻に抜けるにおいまでは気が回らない不器用さ加減。
一部の層には人気がある愛されキャラだね。
もちろんイケメンだったらの話。
さわやかな美女も似合うよね。
その場合はニオイもいいし完璧だな。
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