『小説家Z』 水野良樹×宮内悠介 第1回:物語を構築していくための入り口。
「推し」、「情景」、「アイデア」、「テーマ」
水野:新企画、小説家Zです。小説家・作家の方をゲストに招き、物語や小説がどのように立ち上がっていくのか、なぜ物語を書き続けているのか、2つのテーマを軸にお話を伺っていくトークセッションです。第1回は小説家・宮内悠介さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。
宮内:ありがとうございます、よろしくお願いします。
水野:宮内さんには、『OTOGIBANASHI』に参加していただきまして、「南極に咲く花へ」という作品を書いていただきました。
水野:宮内さんが書いてくださった詩に僕が曲をつけて、坂本真綾さんが歌ってくださって。それに小説を書いていただいて。そちらの作品も是非お聴きいただきたいんですけれども、今日は小説のお話を伺おうということで。ちょっと緊張しております。
宮内:私もとても緊張しております。
水野:しかも事前に「こんなお話をしたい」みたいなことを送ったら、もうすでにいろんなことをメモに書いて準備してくださっていて。
宮内:恥ずかしながらアドリブが全然できないものですから。
水野:宮内さんの作品をたくさん読ませていただいたなかで、やっぱりSFというものを非常に多く書かれていて。様々な物語を構築されていると思うんですけど、物語の世界を構築されていくとき、どういうところをきっかけにスタートされますか?
宮内:私は何を入り口に話を作るのか、改めて考えてみまして。意外にも4つありました。
水野:4つですか。
宮内:ええ。ひとつは「推し」です。私の好きなものを知ってくれみたいな。次が「情景」です。スチール写真的なイメージから作っていくもの。もうひとつが「アイデア」。最後に「テーマ」です。順番にご説明します。
水野:はい。お願いします。
宮内:「推し」ですと、たとえば、私は盤上ゲームの囲碁が好きなんですけれども、「これはものすごくおもしろいゲームなのでどうか知ってくれ」と。そういったことをモチベーションに書いたのが、デビュー作の『盤上の夜』です。
水野:はいはい。
宮内:じゃあ「情景」パターンは何かといいますと、初音ミクのようなロボットが仮にあったとして。それが南アフリカのビルから落下していく、みたいなワンシーンから作り上げた『ヨハネスブルグの天使たち』という作品がありました。
水野:あれは音楽ファンにはたまらないです。音楽ファンが好きな、大本がわかるような用語がたくさん出てきてすごくおもしろかったです。
宮内:ありがとうございます。小説家の恩田陸さんが何かで言っておられたのですが、まずワンシーンを決めてそこから作っていくと。それにつらなる作流です。
水野:なるほど。
宮内:3つ目の「アイデア」ですが、私はアイデアストーリーが多いんですけども。たとえば、人間以外から借金を取り立てる『スペース金融道』。あるいは、シンセサイザーの鍵盤が勝手に解析してくれる『アメリカ最後の実験』。
宮内:アイデアものは他の作家の作品にもいろいろありますけど、まず思い浮かぶのは筒井康隆さんですかね。「あ」といった文字が一つずつ消えていく『残像に口紅を』とか。
宮内:最後に「テーマ」ですけれども、太平洋戦争中のアメリカでの日系人収容所をテーマにした『カブールの園』という作品があります。
水野:ええ、拝読しました。
宮内:テーマを軸に書かれる方向で、すごくわかりやすい例としては『白い巨塔』などで知られる山崎豊子さん。山崎さんの『二つの祖国』とかは、ダイレクトに日系人移民を扱った小説なんですよね。
宮内:このように「推し」、「情景」、「アイデア」、「テーマ」という感じで。まずどこか1つから始まって、残り3つを埋めるというふうに進めていきます。
追体験というキーワード。
水野:『盤上の夜』などは、まさにその全てが入っている気がします。将棋や囲碁、盤上で行われる様々なゲームをモチーフとして、それらのゲームの天才たちが盤上で見る景色。天才がゆえに、そのひとにしかわからない境地が描かれている。周囲の人間が、それを理解できるのか、できないのか、みたいなところがひとつのフックになって物語が展開されている。今、伺ったお話が、とても象徴的に現れた作品だなって。
宮内:ええ。
水野:僕が様々な作品を読ませていただくなかで思ったのは、どの作品にもフィクショナルな空間を共有する場面が出てくるなって。たとえば『盤上の夜』は、特殊な能力を持った天才たちにしか見えない世界が、他のひとから見えるか見えないか、孤独とのせめぎ合いみたいな物語が立ち上げられている。『遠い他国でひょんと死ぬるや』でも、実際の兵士が体験したであろうことを追体験していく非常に印象的な場面がある。
水野:『カブールの園』も差別の体験の追体験の描写があります。『ヨハネスブルグの天使たち』でも、テロが起きた際の、登場人物の視点を再現しているシーンがある。どこかフィクショナルな空間みたいなものを追体験することがモチーフとして多いと思ったんですけど、それは意識されているんですか?
宮内:…というか、その前に、水野さんが、こんなに準備して作品を読んでくださっていて恐縮です…。
水野:いやいや(笑)
水野:そこがおもしろくて。『ディレイ・エフェクト』もまさにそうじゃないですか。日常生活のなかに、戦中の家族の風景がダブっていくことが、ひとつのアイデアとして物語が展開していく。今、生きている世界と、誰かが体験した世界とがダブるみたいなシーンが、いくつも出てくるなと思って。
宮内:ああ、なるほど。パンチがある情景をひとつふたつ入れておきたいのはもちろんあるんですけれど、追体験というキーワードは…言われてみればたしかに。これまで私は、しょっちゅう、やっていますね。
嬉しい感想は2パターン。
水野:読者の皆さんがいろんな解釈をされるじゃないですか。どういった感想がいちばん嬉しいでしょうか。宮内さんのなかで作品世界のイメージがおありだと思うんですよ。それを理解してもらえるのが嬉しいのか、「こんなふうに読むのか」っていうのが嬉しいのか。
宮内:2パターンあります。私の作品の場合は大体、賛否両論になるんですけれども(笑)
水野:そうですか。
宮内:ひとつは、作者すら気づいていなかった視点を提供してくれる感想。本当にびっくりしますし、ありがたいです。もうひとつありがたいのは、批判です。
水野:批判。それはどういった意味で。
宮内:自分の欠点をフィードバックして次に活かせますので。これはこれでやっぱり無視できない。嬉しいものとして受け取らないといけないと思っています。
水野:どういった批判がいちばん嬉しいですか?
宮内:単純な罵倒とかは、精神に来ちゃうんですけれども。
水野:そうですよね(笑)
宮内:そうではなく、たとえば物語中に突然雰囲気が転調するような場面があったとして、「ちょっと繋ぎが弱いのではないか」とか。あとまた別の切り口で”中央アジア”を舞台にした話を書いたことがあるんですけど、かなりの割合の方がそれを”中東”として読んでしまっていて。これは自分の説明不足というか。
水野:あーなるほど。
宮内:中央アジアはソビエトが崩壊してできた国々ですから、たしかに考えてみますと認知度は低いんですよね。私自身は中央アジアが好きなんですけれど、好きなあまりに説明を怠ってしまったところがあったと思います。
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