ブラッシュアップライフは市役所の河口さんの物語なのかもしれない
バカリズムの脚本で2023年1月期に放映されたドラマ「ブラッシュアップライフ」。
安藤サクラ演じる主人公・近藤麻美(あーちん)が交通事故により命を落とし、人生の2周目を始めるという物語である。
あーちんは、その後も何度か人生をやり直していくのだが、物語の終盤、物語が急展開を迎える。
物語の中の言葉を借りるなら、二つに分かれたプリクラが最後に一つに合わさるシーンがカタルシスを呼び、感動の大団円で幕が閉じる。
私としては、歴史的な大傑作ドラマだと思っている。
このドラマが魅力的なドラマである最大の要因は、孤高の芸人バカリズムの真骨頂である言葉のチョイスだと思っている。
ストーリーとしては、いわゆるタイムリープものなのだが、そのSF設定を「人生2周目」という言葉に包み込んで、コメディタッチでやり直しの人生を描いていく。
これにより、七面倒なSF設定を気にすることなくドラマを楽しむことができる。
なので、この話にSF設定の考察を持ち込むのは本当に無粋ではあると思うだが、「やり直しの人生とはどういうことなのだろう」ということを考えていくと、物語の真の主人公はあーちんの市役所時代の同僚・河口美奈子(三浦透子)なのではないかと思い至ったので、そのことを書いてみる。
ネタバレもふんだんに書かれているし、前述の通り無粋ではあるとは思っているので、この文章はドラマを一通り楽しんだ方が、「ふーん」と思う程度の気持ちで読んでもらえると大変ありがたい。
人生をやり直しているのは4人
ドラマの中で人生をやり直している人物は4人登場する。
主人公あーちんと、その幼馴染・宇野真里(まりりん・水川あさみ)、あーちん1周目の人生で同僚だった河口さん、そして最終回に突然登場する謎の男(浅野忠信)である。
それぞれ何度も人生をやり直しているのだが、異なる回数のやり直しが一つの世界の中に同居しているのがこのドラマの特徴である。
4人の最終回の段階での人生の周回数は、以下の通りとなる。
あーちん (5周目)
まりりん (6周目)
河口さん (9周目)
謎の男 (2周目)
それぞれ、生まれた時期も死ぬ時期も違うのだが、過去の人生は記憶していて、現世から数えて -(マイナス)N周目の人生はそれぞれリンクしている。つまり、あーちんの4周目とまりりんの5周目、あーちんの1周目と河口さんの5周目は同じ記憶を共有している。
そしてそれぞれが繰り返しの人生を始める前の記憶は失われている。つまり、まりりんの1周目や河口さんの1-4周目の人生でも、あーちんと会っているのだが、そのことはあーちんは覚えていない。
あーちんとまりりんの視点
ここで主人公・あーちんとまりりんの視点で人生を整理してみる。
周回数は、繰り返しの回数が多いまりりんを基準とする。
1周目
あーちんは市役所職員、まりりんは保育所職員。まりりんは62歳で死に、あーちんはその後死ぬ(享年不明)。
途中、航空事故で幼馴染なっちとみーぽんを失う。
その後のあーちんにはこの人生の記憶はない。
2周目 (あーちん1周目)
まりりんは幼馴染を救うため、パイロットを目指す。
あーちんは市役所職員だが、まりりんが疎遠になったこが遠因となり、33歳で交通事故で死亡する。
まりりんは937便には搭乗できず、その後、40歳前に死亡。
3周目 (あーちん2周目)
あーちんは調剤薬局の薬剤師、やはり33歳で死亡。
まりりんはパイロットを目指すも、シフトが合わず937便に搭乗せず、その後交通事故で死亡。
4周目 (あーちん3周目)
あーちんはテレビ局社員、今度は29歳で死亡
まりりんはパイロットを目指すも、飛行機事故前に(?)30代で交通事故で死亡。
5周目 (あーちん4周目)
あーちんは医学の道を志し、なっちとみーぽんと疎遠になってしまう。
代わりに中学の時まりりんとプリクラを撮り仲良くなる。(後にあーちんがこの時を回想しながら「130歳の哀愁」というモノローグがあるが、このときはまだ110歳ぐらいのはず。計算ミス? )
その後、二人は35歳の時、互いに人生をやり直していることを告げる。
まりりんは937便に搭乗するも航路変更に失敗、飛行機事故で死亡、享年35歳。
あーちんは医学部研究員、39歳で死亡し、来世は人間と告げられるも、3人を救うため最後のやり直し人生を選ぶ。
6周目 (あーちん5周目)
ついに二人とも最後の人生となり、二人でパイロットを目指し、墜落事故の阻止に成功する。
その後、あーちんは98歳まで生き、まりりんもそれより長く生きていると思われる。
ここで一つ気が付くことがある。
まりりんの1周目に二人とも飛行機事故でなっちとみーぽんを亡くしているのだが、人生のやり直しを選んだのはまりりんだけである。
あーちんが人生のやり直しを決断するのは、まりりんの2周目に自分が早死にしたときである。
にもかかわらず、どうも徳はあーちんの方が高そうに見える(オオアリクイ vs シロアリ、人間 vs 海ゴキブリ)。このあたりのバカリズム氏の倫理観は興味深いが、それはそれとして先に進む。
河口さんの視点
2人の視点だけで考えると、まりりんのやり直しの人生に途中からあーちんが参加しているようにも見える。
しかしながら、物語の終盤で河口さんがさらに多くの回数の人生をやり直しているということが判明する。今度は河口さんの視点から整理し直してみる。河口さんはあーちん以外と接点はないのであーちんの人生と並べてみる。
1周目
北熊谷市役所の職員となり人生を終える。
あーちんは62歳以上生きているので、長年の市役所職員の同僚だったはずである。
2 - 3周目
やり直しの人生が始まる。
しかしながら、その人生でもやはり市役所の職員を選ぶ。後に「どこまで1周目の人生をなぞれるかゲーム」をしている感覚と語っている。
4周目 (まりりん1周目)
まりりんの1周目にあたる人生だが、あーちんの繰り返し人生が開始される前なので、河口さん視点ではあーちんに大きな変化はない。
5周目 (あーちん1周目/まりりん2周目)
やはり市役所の職員をしているが、それまでの人生と違い、同僚であるあーちんが33歳で死ぬ。
6周目 (あーちん2周目/まりりん3周目)
やはり市役所職員。あーちんとは別の人生とはなるが、職場はすぐ近くなのであーちんの存在に気が付いていた可能性がある。そうだとすると、やはり早く死んだことも知っていた可能性がある。
これまで同僚であったあーちんがいなくなったことから、あーちんが繰り返しの人生に入ったことに気が付く。
7周目 (あーちん3周目/まりりん4周目)
やはり市役所職員。あーちんとの接点は無くなる。
8周目 (あーちん4周目/まりりん5周目)
やはり市役所職員。
あーちん38歳の時、東京で偶然出会う。そして、自分が人生8周目であることを告げる。
あーちんと再会したので、あーちんが39歳で亡くなることも知る機会があったかもしれない。
9周目 (あーちん5周目/まりりん6周目)
あーちんがパイロットになっていることを知ったことをきっかけに、CAを目指し、同じ航空会社に入社する。
不倫旅行を暴露し、937便に搭乗予定だった中村機長を搭乗キャンセルに追い込む。
あーちんとの関係だけ見ると、二人の出会いや別れ、そして再会は偶然に見える。だが、直接関係のないはずのまりりんとの関係を見ると、一つ気が付くことがある。
まりりんは、河口さんの人生でいうと(以下、全ての人の人生を統一して「河口X周目」と書くことにする)、河口4周目に死んだときに、パイロットになるために人生をやり直すことを決断する。
ということは、河口1周目から河口3周目までのまりりんは死後、来世を受け入れ、人生をやり直していないことになる。
すなわち、河口3周目と河口4周目の人生では、まりりんの人生に何か変化があったはずである。
まりりんが人生をやり直すきっかけは、なっちとみーぽんを飛行機事故で失ったことであるはずなので、逆説的に河口3周目までは、なっちとみーぽんは飛行機事故に遭遇していないことが推察される。
937便の事故と謎の男
なっちとみーぽんが飛行機事故に会わなかったとすると、その可能性は二つある。
「飛行機事故が起きていない」か「飛行機事故は起きたが、なっちとみーぽんは乗っていない」のどちらかである。
ここで第4の人生2周目、謎の男の発言が気になってくる。
謎の男はドラマの終盤で豪華俳優がラスボスとなるために突如現れるというメタ的なパロディのために登場するキャラクターであり、ドラマ的には出オチであるが、この飛行機問題にちょっとしたヒントを与えてくれる。
謎の男は河口人生9周目(まりりん6周目)にして、初めてまりりんの前にあらわれた男である。男自身も「人生2周目」と語っているので、それ以前の人生では飛行機事故を阻止しようとしていないはずである。
しかしながら、飛行機事故はまりりんの証言から少なくとも河口人生4周目には発生しているはずである。
謎の男の人生にとって、それまで何の関りももたなかった飛行機事故が河口人生8周目の時点で関りを持ったことが示唆されている。
このことをまりりんに当てはめると、飛行機事故は常にずっと起き続けていたが、河口4周目(まりりん1周目)ではじめて「なっちとみーぽんが犠牲となった」と考えるのが自然に思える。
日本ジェットスカイ937便事故
そうなってくると、河口4周目で、何をきっかけにして、なっちとみーぽんの人生が変わったのかが疑問となってくる。
なぜ、なっちとみーぽんは937便に乗ったのか
河口4周目の段階で人生をやり直しているのは、河口ただ一人である(いや、もしかしたらこの世界では、人生やり直し組がそこら中にウヨウヨしているのかもしれないが、きりがないので考慮しないことにする)。河口さんの「自分の人生をなぞるゲーム」にわずかにミスがあり、第三者であるなっち、みーぽんの運命を変えたことになる。
しかしながら、河口さんはなっち、みーぽんと接点がない。
だが、あーちんを介して繋がってはいるので、例えば、あーちんとのどうでもいい会話が河口4周目以降の二人の行動を変えたと考えられる。あーちんが河口さんから聞いた台湾の話をなっちとみーぽんに伝えることで、二人の旅行の行先が韓国から台湾に変わったということは起こりえるかもしれない。
だが、この仮説は間違っている。
なぜなら、なっちとみーぽんは河口4周目以降、常に飛行機事故にあっているが(厳密には7周目はあーちんとまりりんが共に早死にしたので、詳細は不明)、河口6周目以降はあーちんと河口さんの接点がなくなり、8周目に至るとあーちんとなっち、みーぽんとの接点も薄くなるからだ。少なくともあーちんを介して、二人の人生を変えることはないはずである。
詳細は不明だが、同じ街に住む河口さんとなっち、みーぽんの間でなんらかのバタフライエフェクトが起きたと考えるしかないだろう。
河口さんと937便事故
河口さんの無意識の言動がなっちとみーぽんの運命を変えたとして、そのことに河口さんは、全く無関心だったのだろうか。
河口さんは、9周目にして、偶然飛行機事故に間接的にかかわっていることが描かれているだけである。
だが、ここで今一度、河口さんの人生と飛行機事故との関連を整理してみる。
1 - 3周目
飛行機事故は起きるものの、特に河口さんと接点は無さそう。
4周目 (まりりん1周目)
あーちんから「幼馴染が事故に合った937便に乗っていた」ということを聞く可能性がある。
5 - 7周目 (あーちん1-3周目/まりりん2-4周目)
あーちんとの接点がなくなり、飛行機事故との接点が無くなる。
8周目 (あーちん4周目/まりりん5周目)
ここでも飛行機事故との接点は無い。
ただ、あーちんとその幼馴染(まりりん)が「人生を繰り返している」ことを知る。(「雲の上」という言葉の勘違いではあるが、航空関係であることも知る)
9周目 (あーちん5周目/まりりん6周目)
事故が発生する937便にCAとして搭乗するが、航路変更により事故を免れる。
河口さんは5周目まではあーちんと日々会話を交わす間柄である。あーちんは、幼馴染を飛行機事故で失ったことを河口さんに話すこともあったかもしれない。
だが、この話は河口さんにとっては、4周目で初めて耳にする事柄である。自分の人生のなぞるゲームをどこかでしくじり、その結果あーちんの幼馴染の命が事故で奪われたことに気づかされたはずである。
そして、この後、5周目であーちんは若くして死ぬようになり、6周目からは関係自体が疎遠になっていく。あーちんが繰り返しの人生を始めたことを知り、あーちんの幼馴染の飛行機事故は、もはや自分の人生の繰り返しの補正ではどうにもならない出来事になってしまったことに気が付いていくはずである。
河口さんはなぜCAに
もう一つ気になることがある。
8周目まで市役所職員であった河口さんは、なぜ9周目でCAになったのであろうか?
本人は「雑誌で近藤さんがパイロットになったことを知ったから」と語っている。
しかし、9周目の人生である河口さんが937便の事故を知らないということは考えにくい。いつ事故が起こるかは正確に覚えていなかったとしても、ジェットスカイ937便で事故が起こることは知っているはずだ。
となると、河口さんは事故が起こることを承知のうえ、日本ジェットスカイにCAとして就職したことになる。
しかしながら、その日の朝も、これから墜落する飛行機に登場するというのに、全く知っているそぶりを見せない。「知らないふりをしている」よりは、「全く気が付いていない」という演出に見える。
確かにキャラ的には、うっかりCAになってしまったという解釈がしっくりきそうである。
ただ、河口さんは8周目のあーちんとの再会時に気になる発言をしている。
自分が自分の市役所職員の人生を繰り返す理由として、「下手にに違うことをして取り返しのつかないことになるのが怖いので」と語っている。
素直にとらえれば、「自分の人生が」取り返しのつかなくなることを恐れている発言に聞こえる。
だが、何度も人生を繰り返している河口さんは、自分の人生のちょっとした変化が他人の人生に影響を与えることを知っているのかもしれないと思って、この発言を聞くと、別の意味に聞こえる。
もしかしたら、河口さんは「他人の人生が」取り返しのつかないことになることを恐れていたのかもしれない。
その発言を踏まえると、河口さんがあーちんの目的を知って、CAになった可能性が浮上してくる。
まりりんと接点がない河口さんにとって、なぜあーちんが人生をやり直しているのかが、8周目までははっきりとは見えていなかったはずである。しかしながら、例の雑誌を見たとき、彼女の中で点と点が線で繋がったはずである。
「あーちんの幼馴染が事故にあった」(4周目)、「あーちんの幼馴染も人生をやり直し、航空関係の仕事をしている」(8周目)、「あーちんがパイロットになっている」(9周目)が繋がり、あーちんが幼馴染を救うために人生をやり直していることに気づけたかもしれない。
そもそもなっちとみーぽんが飛行機事故に会うようになったのは、河口さんの人生のやり直しの失敗の影響の可能性がある。思いの強さの強弱はわからないが、あーちんとその幼馴染の人生を元に戻すためにCAになった可能性はあうのではないだろうか?
あるいは、単に「自分の人生をなぞるゲーム」のミスを修正するためかもしれないが、いずれにしろ意図的にCAになったと思われる。 知らんけど…。
CAである河口さんは、あーちんがある日の937便に乗りたがっていることを知る機会があったはずである。その日が事故の日であることは簡単に類推できただろう。
そして、中村機長があーちんの搭乗の障害になっていることも知ることができたかもしれない。
そうだとすると、あの日、中村機長を引きずり下ろした河口さんの行動は、偶然ではなく、本当に河口さんの能動的なファインプレーだったということになる。
ブラッシュアップライフは河口さんの物語なのかもしれない
こうやって河口さんの視点から物語を見てみると、ブラッシュアップライフがちょっと違った物語に見えてくる。
が、このちょっと違った物語は、「過去をちょっと変えてしまったため、未来が変わり、その未来を再び修正するため過去に戻る」というタイムリープものの王道中の王道のごくありきたりの物語になってしまう。
ブラッシュアップライフのすごいところは、物語の視点を「過去を変えた河口さん」ではなく、「過去を変えられた人の幼馴染」というちょっと遠い親戚のようなポジションに置いたところである。
しかも、その人も人生をやり直せてしまう。
こんな変な視点から人生のやり直しの物語を描くことで、とんでもない傑作・ブラッシュアップライフが生まれたのだ。
さすが、人とと違う視点から笑いを生み出すバカリズムである。
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