この記事は胸に突き刺さったので記録。
はてなブックマークなので消えないように引用しておく。
これについて思うこと。まず自分に突き刺さったということはかつて自分は神童だったと少なくとも自分は思っていた、ということ。それ自体が恥ずかしいね。
小学校中学校まではほぼノー勉でトップクラスだったがそれは自分の環境が田舎すぎたからで。地元の進学校と呼ばれる高校に行ってからはガリ勉になったがついていけず挫折。
そしてこれはそれなりに一般的な話なのでは、と思う。
進学校時代の同級生(彼は旧帝大医学部に見事合格した)に聞いた話では、医学部は「それまで天才、入った後は凡才」ということで気を病んで、自殺するやつもいたらしい。俺からしたら医学部に合格している時点で十分天才なんだけどね。周りより優れているってことがその人には大切だったのかもね。
はてなブックマークのコメントも下記の通り。
「外発的動機づけ」だと潰れるのは納得だが、そうだったとして、じゃあうまく切り替えるにはどうすれば?ということを思う。あるいは外発的動機づけだけでもなんとかうまくやれていけないものなのか。
色々な才能に恵まれた元神童たちが「動機づけが外発的だ」という理由だけで失われてしまうのはもったいないと思う。
あと、「そうならなかった天才」たちはどうなんだろう。イチロー選手や、大谷選手なんかは、どこかで鼻をへし折られたことはなかったのか?
折れたけど復活した(=飼いならし方を覚えた)のか?そもそも性格が良すぎたから劣等感にはならなかったのか?
…こういうテーマで書かれた本が読みたくなった。