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紙に字を書きたいから

 ボールペンの芯を買った。だが、文字が書けなくなって5年になる。文字はうまく書けないが、パソコンやタブレットがあるのでなんとかしのいできた。しかし、文字が書けない不便は、はかりしれない。

 5年前、かかりつけの医師に相談した。紹介状を書いてもらい、大学病院で検査を受けた。その結果、パーキンソン病と診断された。

 難病中の難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を疑っていた。ぼくよりずいぶん若い会社の後輩の場合は、ほんとうにかわいそうだった。息を引き取ったとき、一筋、涙が流れたという。まだ、50歳になってまもなかった。

 彼には申し訳ないが、ALSでないと聞いて少しホッとした。だが、まもなく、近所にパーキンソン病を患っている同じ年齢の男性がいるのを知った。彼の身体の不自由さを見て暗澹となる。まして、ぼくはひとり暮らしである。

 なんとしても、手足の震えや痺れの発症を遅らせたい。文字は書けないが、幸いキーボードの操作はまだできる。すがる思いで、イヤなことがあって、数年間、ほったらかしにしてあったフェイスブックに復活した。

 もう、生きて会うこともない信州の友人も、タイミングよくフェイスブックへの復帰を勧めてくれた。以来、とにかくキーボードを打ちまくった。FB仲間にはさぞや迷惑だったろう。

 むろん、無視する方も少なくなかった。もうぼくはリタイアしている人間である。SNSとはいえ、つきあったところでメリットは何もない。いつまでも引っ張っては申し訳ないので、いずれこちらから身を退くつもりでいる。

 6月、パーキンソン病の健診を受けていた医師から、もうこなくていいといわれた。薬の投与もしないという。5年間の不安の日々はなんだったのだろうか。あぜんとしてしまった。

 文字は相変わらず書けない。少しずつだが、文字を書く練習をはじめた。そのためにも、ボールペンの芯が必要だった。

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