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暑いだけの寂しい夏

 戦前までは川に沿って木々があったのだろう。頻繁に川は暴れ、地元の人々を泣かせたに違いない。そんな川をなだめていたのが、いま、「河畔林」と呼ばれる木々たちだったと思われる。

 昔、武州と相州を峻別していたために「境川」と名づけられた川である。川沿いにある公園の掲示板によるとツルがたくさん飛来し、いまも地名として残っているとある。たび重なる出水も地元を苦しめたらしい。お寺が何度となく流され、高台に引っ越したと書かれている。

 境川もいまでは、都会の川に姿を変え、東京都の管理下にある。川の脇に残り、河畔林として保護されている小さな林の中では、整備される前の境川の痕跡がわかる。ぼくが生まれ育った東京・杉並でも、改修前の善福寺川が似たような光景だった。

 善福寺川は川の歴史も浅いからか、境川のような河畔林がなかった。1950年ごろにすっかり改修されてつまらない水路になり、一時はドブ川と化している。境川の歴史は知らないが、善福寺川よりは大きく、藤沢あたりで相模湾へと注ぐ。

 全長は50キロメートルあまりという。ぼくが毎朝、散歩しているのはそのうちの、せいぜい300メートルたらずである。いま、調整池の工事をしており、200メートルほど遠まわりを余儀なくされている。11月に工事が終わっても、取り戻せるのはたいした距離ではない。

 たくさんの新しい「住宅にはさまれて、たくさんの木々がいまも残っている。だが、この夏、町はとても静かだ。きょうあたりから、セミの鳴き声がかすかに聞こえてきたが、セミの絶対数が極端に少ないらしく、鳴き声も弱々しい。

 日陰で暗い河畔林の中に入っても静寂が支配している。夏とは思えない静けさにうろたえそうになる。地面には、セミたちが地下からはい出してきた痕跡がある。道端でもう生涯を終えたセミの骸も見つけた。だが、この夏は暑いだけでなんとも寂しい。

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