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忘れらないハンブルクのおにぎり

 1999年秋、ドイツのハンブルクにいた。ドイツ北部にある同国第二の都市で、都市(まち)の中心にアルスター湖という大きな湖を擁した美しい街である。あこがれていた街だが、まさか、自分がそこにいかれるとは思ってもいなかった。

 簡略にいえば、勤めていた会社の社長のお供であり、社長が出席する国際会議へ自分もともに出席するためだった。54歳のときである。

 9歳年上の長兄のような社長からは、出発前にクギを刺されていた。「いいか。ハンブルクは遊びだぞ。仕事じゃないからな」と——。なんていい社長だろうと思った。

「遊びじゃないぞ。仕事だからな」といわれるならわかる。しかし、逆だった。しかも、ハンブルクのあとには、ポストコングレスツアーで、地中海のマルタ共和国を訪れる手はずになっている。夢のような“外遊”だった。

 北ドイツというので食べるものには期待していなかった。むしろ覚悟していた。最終日前夜の盛大なガラパーティーでは、「ヨーロッパの社交界とはこうしたものか」とたじろぐほど、雑誌社のエグゼクティブのご夫婦がきらびやかに着飾って集まった。

 伝統を感じた。パーティーで供された料理も伝統どおりだった。どれも塩からくてとてもノドをとおらない。かろうじて食べられたのは、ちょうどシーズンに入ったばかりのホワイトアスパラガスだけだった。

 2日前、会議初日のおにぎりがなつかしかった。それは日本の旅行会社が用意したものである。会議のセッションを終えて、旅行会社が用意した日本の本部になっている広い部屋へ立ち寄ると、テーブルの上におにぎりが並んでいた。

 味は絶品だった。以来、すっかりおにぎりファンになってしまった。いまもときどき、コンビニでおにぎりを買っているが、ハンブルクで食べたおにぎりには遠くおよばない。あれから25年たったいまも忘れられないでいるハンブルクのおにぎりである。

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