遠い畑からやってきたナスたち
値段がほかよりも安かったので買ったわけではない。もちろん、値段は20円ばかり安かった。それにもかかわらず、売れ残っていたのは、キズものだからなのだろう。ただ、4本すべてがキズものとは思わなかった。
たしか、ひと袋が136円だった。キズものを承知で買ってきたが、キズは想像以上だった。買った日に2本を料理した。包丁で切り込みを入れ、フライパンにゴマ油を引いて焼いた。カツオ節をかけ、ショウガ醤油で食べた。味に変わりはない——といいたいところだが、やはり、口の中に違和感があった。
肌触りとでもいえばいいのだろうか、ナスの表面のキズの部分が少しばかりかたい。とりたててまずいというわけではない。安い値段で買っているので、多少の違和感はしかたないだろう。20円分の妥協というわけである。
キズものを承知で買ったのは、毎朝、散歩で通るナス畑を見ているからだ。朝の5時台に家を出ると、この畑ではナスが収穫されている。出かけるのが少し遅くなると、この農家では収穫したナスを袋詰めしている。このあと、JA(農協)が経営しているスーパーマーケットや提携している食料品店に納品するのだろう。
ぼくが買ったのはこの農家のナスではなかった。近所のJAのスーパーで求めたので、この農家のナスの可能性はあった。だが、最初から違うとわかっていた。案の定、袋を見ると遠い他県の畑で収穫されたナスだった。
毎朝のように見ている農家の畑では、ここまでみごと(?)なキズものは、惜しげもなく畑に捨てられている。畑には容赦なく捨てられてしまうナスがたくさんころがっている。何度か、収穫中の農家の人に、「これを売ってくれませんか」と頼んでみようかと思った朝もある。
実際にいい出すには、さすがに安っぽい自尊心に邪魔された。ただ、それ以上に、農家のほうにも、一度、捨てたものは売れないとの矜持があると思ったからだ。
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