50年に一度咲く花、竜舌蘭
いつも通勤で通る道、突然の違和感に驚いたのは7月の始めでした。
そこは細い二本の町道に挟まれた三角形の空地。地元の建設会社の私有地の一部だと思います。余った土地を家庭菜園にしているらしく、生け垣らしき木の中には野菜や橙の木が見えてました。朝晩、車で通り過ぎるだけの場所でした。
違和感を感じたのは7月の初め、畑の中に忽然と巨大な青竹のような物がありました。
???何だこれ?
画像は花が咲いている様子。当初は左右の枝もなくて一本の竹みたいでした。
七夕の飾りにでも使うのかしら?それにしても巨大過ぎる!何メートルあるんだ?
翌日、青竹のように見えたものは巨大なアスパラガスの形に変化していました。
もう間違いなく、あれは竹ではないようです。不思議な枝がニョキニョキと伸び、どんどん成長もしています。でも毎日と通っているのに、あんなに育つまで気付かないものかしら…。
謎だらけの植物…。見た事もない不思議な植物に悩んでいると、偶然答えが見つかりました。
ニュースで取り上げていたのは、数十年振りに咲いた珍しい花の話題でした。映像に写っていたのは、まさしくあの巨大な植物と同じ形。
竜舌蘭(リュウゼツラン)だ!!
竜舌蘭。
何故その名前なのか、私は後々その植物を間近で観察して納得する事になるのです。
とにかく、近くで見たくても、そこは細い道なのに交通量も多い場所、車を停めるのは無理です。毎日、車から一瞬だけ眺めて、その植物の変化を楽しんでいました。
この珍しい竜舌蘭の事を、ご近所さんに教えてあげると「いや〜、あれは珍らしいよ!ひろさん、教えてくれてありがとう!」と喜んでくれました。たちまち竜舌蘭の開花は近所の皆さんの評判になりました。皆さん、私に写真を撮ったんだとか、何回も見に行ったとか、遠方の友達に画像を送ったんだよと、楽しそうに報告してくれます。
わ〜ん、私もゆっくり見たいよ〜(泣)
7月の連休、意を決した私は早朝6時に起きて竜舌蘭の場所まで歩いて行く事にしました!
「おはようございますー!」道すがら、すれ違う人達と挨拶を交わすなんて、とっても気持ちがいい気分。わくわくして歩く事20分、住宅地の中に、あの特徴のある竜舌蘭の頭が見えました。
近くで見ると、本当に巨大だ!そして松のように左右に伸びた枝には花らしきものが…。その花に蜂や虫が無数に飛び交っていました。きっと甘い匂いもするんでしょうね。
調べてみると、竜舌蘭は細かく種類がある品種の一つで、大きくはアガベと呼ぶらしい。中南米産でアロエとも蘭とも違い、なんとテキーラの原料なんですって!
それでも、ここは私有地です。無断で入る事は出来ません。遠くから眺めていますと、80代ほどの上品なおばあちゃんが畑に入って行きました。
「おはようございまーす。写真を撮ってもいいですかー!」と声を掛けると、おばあちゃんはニコニコ笑って「とうぞ〜。遠慮せず、中に入って来なさ〜い」と手招きして下さいました。
…私、昔から初対面の人と、何故かとっても仲良くなる能力を持ってます。バス待ちの間、旅行先の温泉、公演で偶然隣に座った人。‘’こんにちは‘’と挨拶を交わすと、相手が警戒心なく私生活や家庭の事を話し始めるのです。電話番号を渡され「是非、あなたの連絡先も教えて下さい」とまで言われます。ええ、私は普通の挨拶しかしてませんよ。
でも偶然そうやって知り合いになったのがきっかけで、住む場所は離れていても互いの家を行き来して、家族や友人を紹介し合ったり、旅行なんかも行ってます。趣味は違えど何十年も友人として付き合っている人達。「ねぇねぇ、私達って何で知り合ったんだっけ?」「講演で私の隣に座ってたじゃん!」「私は〇〇さんの家で初めて会ったじゃないの!」「私、ひろさんに会わせたいからって呼び出されたよ…」「…そうだった?」
一期一会と言いますが、人生の友との出会いなんて、そんなものかもしれませんね。
話が脱線しましたが、おばあちゃんとも一瞬で仲良くなり、このリュウゼツランのお話も詳しく伺う事が出来ました。
本当に50年に一度咲いた花だった!
「ここに来て50年以上だけど、私も初めて見たんですよ」とても上品そうなおばあちゃんは、私にお話を聞かせて下さいました。
ー最初は自宅の庭に主人が植えていたんですよ。でもね、ほら、よく見て下さいよ。この大きな葉がとても硬くて鋭いんですよ。葉に棘があるでしょう?これが子供に危なくて危なくて、触ると痛いと言うものだから、畑に植え替えたんですよ。
50年に一度と聞きましたが、私も初めて見たんですよ。6月に幹が伸びて、あれよあれよとこんなに育ちましてねぇ、珍しいと皆さん見に来られますよ。
もう咲き終わりでしょうかね、枯れた花が落ちてますよ。この黄色い花があの上の花なんですよ。
おばあちゃんの手は、とっても働き者の手をしていました。
竜舌蘭の本体
今まで、車で通る度に立派なアロエがあるなぁと、思っていましたが、実はそれが竜舌蘭の正体でした。近くで見るとアロエとは違い、もっと薄くて長い葉。触ると意外や木のように硬いのです。そして葉の外側にバラの棘そっくりの、小さな鋭い棘が生えてます。
なるほど…。竜の舌ってこんなイメージ!!
おばあちゃんが偶然、ここに出て来なかったら竜舌蘭に触る事も出来なかった。幸運です。そして私もおばあちゃんも、この竜舌蘭の花が咲くのを見るのは、最初で最後の年になるでしょう。
「吉祥ですね。きっと良い事がありますよ」
「あら、そんな嬉しい事を初めて言われました。ありがとうございます」
「じゃあ、お互い宝くじでも買いましょうか?」
「ほんとね!」
おばあちゃんと一緒に大笑いをしました。
最後に、もう一度、ちゃんとお礼を伝えて別れようとすると「待って!あなた、トマト持って行きなさいな。好きなだけトマトを取って下さいよ」リュウゼツランの隣に植えてあるミニトマトに私を誘って下さいました。「もう家族では食べ切れなくて、ほら、食べ頃の赤いのどんどん取っていいから」おばあちゃんの両手いっぱいに真っ赤なミニトマト🍅
「うわ〜、ありがとうございます!!」
「あなたゴーヤは食べなさるな?」
「もう十分ですよ!ありがとうございます」
「そげん遠慮ばせんでよかくさ、ゴーヤもあるし他にも…」
「いえ、いえ、本当にありがとうございます!」
「よかとよ〜♪」
すっかり方言丸出しの気さくな会話になりました。この調子だと畑の作物をどんどん渡されそうな予感!深々とお辞儀をして、手を振り、可愛らしいおばあちゃんとお別れしました。
小さな手提げバッグには沢山のミニトマト。でも心はとっても大きな品を頂いた気分。
採れたてトマト
ルンルン気分で帰宅。途中でコンビニに寄って合計1時間で朝の散歩が終わりました。
いつもの朝食はトースト1枚とアイスコーヒー。
今朝は特別に、おばあちゃんに頂いたミニトマトのサラダとコンビニのサンドイッチです。
トマトはとても甘く、おばあちゃんの愛情たっぷりの栄養満点のトマトでした。
早起きした7月の朝。4年に一度のオリンピックの年、50年に一度の花と素敵なおばあちゃんに出会えた朝でした。