【第169回】 インタビュー
イタリア滞在3⽇目。私たち3⼈は「グルッポ・センチメンターレ」の事務所がある建物の前に来ている。ここは、ホテルや「ベル・パエーゼ」から、そんなに遠い距離にはなくて、バスで15分くらいのところだ。
それにしても、この辺の街並みは、想像していたのとはだいぶ違う。建物はかなり年季が⼊っていて、修復もあまりされていない様⼦だ。でも、あえてこの状態を残すことこそが、イタリア⼈の美意識なのかもしれないわね。
「さて、早速たずねてみましょうか。」
と、林先⽣。
私たちはエレベーターで、事務所のある7階へと上がる。今⽇の趣向としては、グループのメンバー さんとの交流を予定していたのだが、あいにく調整がつかず、代わりに事務所の代表「アレッサンドロ(Alessandro)さん」と私たちとで、ミーティングを開くことにしたのである。
なお、森さんご夫妻は、ご都合がおつきにならないため、ヴァーチャル出演はなしである。お2⼈には、このミーティングの模様を録画して、字幕を施したものを、後⽇、観ていただく予定だ。
また、百海ちゃんも、店を離れることができないため、不参加である。同じく、録画したものを、後⽇観てもらう形だ。
事務所に到着。アレッサンドロさんと、挨拶(あいさつ)を交わした私たちは、案内していただいた席に着き、ミーティングの準備を始める。会の進⾏の形式としては、私たちがアレッサンドロさんに、インタビューをするというものだ。
以下、ミーティング中は、原則として、全員イタリア語で話している。
「それでは、ミーティングを始めます。アレッサンドロさんには、初めてお会いしますので、まずは、ウォーミングアップとして、全員で、⾃⼰紹介をしていきましょう。トップバッターは、アレッサンドロさんでお願いします。」
「わかりました。アレッサンドロ・マッシマ(Alessandro Massima)と申します。ここ《グルッポ・センチメンターレ》の事務所の代表をしております。
ここのメンバーはもちろん、《こころの病》を抱えた⼈たちで、構成されているのですが、私⾃⾝も、《統合失調症》を患っております。
年齢は58歳。妻と2⼈の⼦供がいます。よろしくお願いします。」
パチパチパチ。
「ありがとうございます。」
その後、私たち3⼈も、それぞれ⾃⼰紹介を⾏った。
「では、本題に⼊ります。今⽇は、アレッサンドロさんのお話を中⼼に、お聴きする会にします。会の進⾏は、僕と北川さんで⾏い、桝井君には、ビデオ撮影に回っていただきましょう。よろしいですね?」
と、林先⽣。すると、桝井さんは……
「まぁ、ビデオ撮影でもいいですけど。その代わり、林先⽣、今度何かおごってくださいよ。」
「はいはい。わかりましたよ。」
あーあ。桝井さん、なんかすねちゃった。
林先⽣は、
「ではまずは、アレッサンドロさんに、《グルッポ・センチメンターレ》の活動の概要について、お話しいただきましょううか。」
「かしこまりました。まず、私たちの活動の拠点は、この事務所です。ここにみんなで集まって、活動報告をしたり、新しい活動の予定の確認をしたりします。
その集まりは《ピアたちの集い》と呼ばれます。開催頻度(ひんど)は、だいたい、週に1回くらいで、1回の集まりには、だいたい15⼈くらい集まります。なお、うちの事務所に登録しているピアの総数は、100⼈前後です。」
「え! 100⼈! すごい数ですね。うちとはけた違い。」
と私。続けてアレッサンドロさんは、
「はい。でも最初は、10⼈にも満たない数で、やっていたのですよ。もちろん、こんな⽴派な事務所はありませんでした。
代表も、ほかの⽅がやっておられましてね。初代代表に共感する⽅が、どんどん増えていって、私が引き継いだころには、もう50⼈に達していました。」
林先⽣は、
「それでも、まだ半分だったんですね。ということは、アレッサンドロさんの⼈望が、さらに倍の⼈を惹(ひ)き付けたんですね。」
「⼈望だなんて、そんな。ただ私は、前代表が築いてこられたものを、台無しには絶対にしない、という思いで、このグループを⼤きくしてきました。その結果、現在のようになっているわけです。」
「なるほど。グループの活動内容的には、どんなことを主にされているのですか?」
「そうですね、主に、《こころの病》を抱えていて、⽣活困難な⽅のご⾃宅への《個別訪問》と、⼤学⽣をはじめとする⼀般の⼈たちに対する《体験発表活動》、それから、うちの事務所内で《電話相談》も⾏っております。」
「そうなんですね。では、その3つの活動について、詳しくお聞かせください。」
「わかりました。まず、《個別訪問》に関しては、登録してくれている⼈たちに、分担してもらって、個⼈宅を定期的に、訪問してもらっています。
訪問の内容は、《悩み相談》から始まって、《⽣活援助》に近いことも⾏っています。ですので、うちのメンバーさんの半数近くが、《ヘルパー》の資格を持っています。」
「なるほど。」
「それから、《体験発表活動》ですが、これは、私のもとにやってくる依頼を、メンバーさんに割り振って、⾃分の体験を話してきてもらいます。
1回の講演は、だいたい30分くらいです。あらかじめ、話す内容の原稿を書いてもらって、それを事務局のスタッフがチェックします。
話の内容としては、病気の説明や対処法、福祉事業所での体験、就労体験などが多いですね。」
「体験発表活動」かぁ。こんな風に、組織規模
でやるなんて、すごい。
「それから、《電話相談》ですが、これは《選抜制》になっておりまして、⾯接にパスし、研修を受けた者だけが、⾏っております。毎週、⽉⽔⾦の午後の決まった時間に、相談を受け付けております。
相談内容に関しては、《守秘義務》がありますので、詳細はお話しできませんが、障がい者ならではの、⽇常⽣活上の悩みであることが多いですね。」
「なるほど。ありがとうございます。北川さんの⽅から何か、お訊(き)きしたいことはありませんか?」
「そうですね。あの、メンバーの⼈たちの、突然の体調不良への対策は、どうなさっておられるんですか? 100⼈ほどおられたら、その管理が⼤変だと思うのですが。」
「そうですね。はじめのうちは本当に困りました。お客さんにも、しょっちゅう迷惑がかかっていました。
そこで、頭を悩ませた私は、友⼈のプログラマーに頼んで、あるアプリを開発してもらいましてね。」
「へぇ。どんなアプリですか?」
「アプリを持っている⼈が、アプリ内の⼤きなボタンを押すだけで、予定のキャンセルができる仕組みです。私たちのもとにも、実際の仕事のご依頼主のもとにも、通知が届きます。
そして、これには⼀定のルールを設けていまして。まずは、いったんボタンを押したら、取り消せないということ、そして、ボタンを押すのは、原則仕事開始の2時間前までにするということ。
このシステムを取り⼊れてからは、お客さんに迷惑をかけることは、かなり減りました。」
「なるほど。ありがとうございます。」
それにしても、イタリアにも、桝井さんもどきがいるのね。頼れるものは、どの国でもハイテクなのかしら。
私は、
「それから、もう⼀つ、アレッサンドロさんご⾃⾝も、《統合失調症》をお患いとのことですが、ご⾃⾝の体験について、簡単にお話しいただけませんか?」
このあと、アレッサンドロさんが、ご⾃⾝の体験を語り始められる。ところが、私は失敗した。話が⽌まらないのである。そこで、申し訳なかったが、途中で打ち切らせていただき、ミーティングも締めくくらせていただいた。
アレッサンドロさんは、
「すみません。つい夢中になってしまいまして。」
林先⽣は、
「いいんですよ。……そうだ、アレッサンドロさん、原稿をお書きになりませんか? ご⾃⾝のご体験の。で、それを後⽇、私たちのもとに送っていただけませんか?」
林先⽣、ナイスアイデア! 私も個⼈的には、アレッサンドロさんの体験談に非常に興味があるし、そうすれば、アレッサンドロさんの⾯目も保てる。
「わかりました、ぜひやらせてください。」
私たちは、アレッサンドロさんに、お礼とお別れの挨拶(あいさつ)をし、事務所を後にした。
帰りのバスの中で、林先⽣は、
「いやぁ、なかなかの収穫でしたね。アレッサンドロさんの体験談も楽しみです。今後のミーティングの中で、みなさんにご紹介しましょう。」
「はい!」
桝井さんは、まだ半分すねているようだ。さっきから、ほとんど⼝をきかない。そこで、私は……
「そうだ、これから百海ちゃんのお店に⾏きませんか? 私と林先⽣のおごりで、桝井さんにランチをごちそうです。」
「え? いいの? やった!」
ほっ。あっさり機嫌が直ってよかったわ。そりゃ、バリバリのインテリが、ずっとビデオ撮影だったもんね。気持ちはわかる。私たちは、そのまま「ベル・パエーゼ」へと向かった。