【第134回】 お仕事のご依頼がありました!
「では、今⽇の議題に⼊ります。」
待ちに待った、ミーティングの⽇がやってきた。今⽇は、全員出席だ。みんなと会うのは、2週間ぶりだが、みんなとは、例のアプリ「サイン」で、常にやりとりしているから、あんまり久しぶりな感じはしないな。でも、オンラインのみんなと、⽣のみんなとでは、接する時の温かみというか、なんか違う。やっぱり⽣のほうがいいわね。
「今⽇の議題ですが、実はひとつ、お仕事のご依頼をいただきましてね。そのご依頼主は……。」
「はい! 私です!」
「えーー!!」
そう、私、北川美⾹が、この「センチMENTALクラブ」あてに、仕事を依頼したのである。仕事内容は……もちろん、私の番組に、出ていただくのである。とはいえ、うちの局のブースに、全員は⼊れないから、誰かひとりに、お願いすることになる。それを誰にするのかを、今⽇のミーティングで決めるというわけだ。私は依頼の内容をみんなに伝えた。
「ご依頼の内容は、今、北川さんが説明してくださった通りです。番組出演希望の⽅は、⼿を上げてください。」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はーーい!」
私以外全員! ていうか、林先⽣も!
「困りましたね。僕で決まりだと思っていたのですが……」
いや、さすがにそれはないでしょ。みんな、何にでもやる気満々なんだから。林先⽣は、
「それでは、どうやって公平に決めますか? 《じゃんけん》ですか?」
「それは、あまりにも安直でしょう。」
と桝井さん。
「では、《あみだくじ》は?」
「いっしょです!」
「そうですか、どうしましょうか。何かいい⽅法はありませんか?」
みんな、真剣に考えてくれている。そんなにまでして、私の番組に出たいと思ってくれるのは、正直うれしい。すると、牧⼝さんが⼝をお開きになる。
「こういうのはいかがでしょう? ひとりずつ、3分程度のスピーチをして、北川さんが⼀番感動したスピーチをした⼈が、番組に出演する。テーマは《こころ》。」
「えー、それ絶対、牧⼝さんが有利じゃない。」
と森さん。すると、百海ちゃんが、
「いや、あたしたちだって、いろんなところで、いろんな話をしてきたじゃない。確かに、テクニックでは、牧⼝さんにはかなわないだろうけど、ハートはあたしたちだって、負けないはずよ。」
なるほど。⼀理ある。それに、しょうもない「じゃんけん」や「あみだくじ」で決めるよりは、私たちらしくていいわね。私は、
「いいかもしれませんね。私が納得のいく⼈を、お選びするのがいいのかもしれません。」
「では、決まりですね。」
と、林先⽣。
「それでは、《こころ》をテーマとした3分間スピーチを、北川さん以外の、僕を含めた全員に、やっていただきます。スピーチの前に、考える時間を1分間設けます。よろしいですね?」
「はい。」
「では、順番は、北川さんによる《指名制》にしましょうか。お願いできますか?」
「わかりました。では、まずは、⾔い出しっぺの牧⼝さん。」
「え! 私からですか。わかりました。」
牧⼝さんが思考タイムに⼊られる。さあ、プロの腕前を⾒せていただきましょ 。そして、スピーチ開始!
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私の仕事は、人々の前で講演をすることですが、講演という行為は、イコール「ひとの《こころ》を動かす行為」にほかなりません。毎回、準備を重ねて、ひとの「こころ」を動かす原稿を書き、それを発表する、ということの繰り返しです。
でも、ひとの「こころ」は、動くときは簡単に動きますが、動かないときはてこでも動きません。そんな時は、私は自分の力不足に情けなくなります。でも、それは受け入れるしかないのです。
でも、一方で、こんな私の講演を、好きになってくださる人もたくさんおられます。そういう人たちは、いつも私の話に真剣に耳を傾けてくださいます。ですから、彼らの「こころ」も動きやすいですし、また、私も彼らのために尽力させていただきたくなるという、好循環が生まれます。私は、そういう人たちのためにも、この仕事をやめることはないでしょう。
ありがとうございました。
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パチパチパチ。
「では、次は誰にしますか?」
「そうですね、次は⼥性がいいですね。百海ちゃん、お願いします。」
「はい。」
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あたしは、「こころ」って言っても、難しいことはわかりません。でも、ひとつだけお話しできることがあるとしたら、、「お酒にも《こころ》がある」っていうことです。
なぜそう思うのか。お酒って、ひとをよく見て、ひとを選んで、酔わせ具合いを変えているような気がするんです。この仕事をしていて、無数の人がお酒に酔っているさまを見ていると、そう思えるんです。
だから、お酒を飲んで、べろんべろんになっちゃう人って、お酒が「こころ」で選んでべろべろにしている。こんなことしてたらだめよ、って言っているような気がするんです。
変なことを言う子だって思われたでしょうね。はい、あたし、変です。でも、どんな仕事をしている人でも、その仕事を極めたら、きっとあたしと同じことを考えるんじゃないかしら。営業マンだったら、自分の商品には「こころ」がある、とか。
きっと、神様は、何かを極めた人には、その「こころ」が見えるような能力を与えてくださるんだと思うんです。それは、つまり、すべてのモノには、ホントは「こころ」があるってことなんじゃないかしら。だから、親が「モノは大事にしなさい!」って言うのは正しいかもしれませんね。
以上です。ありがとうございました!
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パチパチパチ。
「次は誰になさいますか?」
「では、林先⽣。」
「ぼ、僕ですか。わかりました。」
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「こころ」と言えば、、僕は「こころ」にまつわる作品を、これまでにたくさん書いてきましたが、そんな僕でも、いまだにひとの「こころ」って、よくわかっているとは言えません。
作品の中では、偉そうに講釈することがありますが、現実の林音生は、普通の人となんら変わりはありません。日々、「こころ」が折れ、悩み苦しみ、それを乗り越えて、また悩み苦しみ、ということの繰り返しです。
さて、「こころ」についてですが、「こころの病」にかかっている人たちの「こころ」は、本当に複雑です。彼らはものすごく優しいですので、「こころ」がもろく、折れやすいのです。だから、本当に大事に大事に扱わないと、粉々に砕け散ってしまうかもしれないのです。
僕は、いつも、「こころ」を病んでいる人も、そうでない人も、本質的には同じだ、というメッセージを投げかけています。そう、本質は。人間としての在り方という意味では。ですから、片方にできて、片方にできないことは何もないのです。
でも、両者には明らかに違うものがあります。先ほどの、「こころ」の繊細さもそうですが、いちばんは「役割」、ひいては「宿命」の違いだと思います。甲は甲に適した生き方をすればいいし、乙は乙でまたそうすればいい。
このように、「こころの病」を患う人とそうでない人は、本質的な「同じである部分」と、宿命的な「異なる部分」があるのです。ここら辺を混同するから、世の中に障がい者差別はなくならないんですね。
僕は、差別がなくなること自体は、永遠にないと思っています。それは長い歴史が証明しています。でも、せめて、まっとうに生きようとしている障がい者には、チャンスを与えてあげていただきたいと思うのです。初めから壁を作ってしまうのではなく、可能性のある者の芽までも摘まないでいただきたいと、僕は切に願って、これからも作品を書き続けていきます。
ありがとうございました。
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パチパチパチ。
「次は誰になさいますか?」
「では、森さん、お願いします。」
「……すみません! やっぱり辞退させてください!みなさんのを聴いてたら、とてもじゃないですけど、お話しできません!」
「そうですか、残念です。それでは、最後は桝井君ですね。」
「俺もパスで。」
「えっ? 何を⾔ってるんですか。⼀番の⾒せ場ですのに。」
「うーん、俺、理系ですんでね。⾔葉を考えるのって、基本的に苦⼿なんですよ。ずっと何を話そうか考えてましたけど、全く浮かんできません。」
「そうですか、残念ですけど、仕⽅がありませんね。それでは、評定は、以上の3⼈の中から、⾏っていただきましょう。では、北川さん、お願いします。」
「はい、では、発表します。私の番組に出ていただくのは……百海ちゃん、あなたです!」
「え! あたし? あたしのってスピーチでも何でもなかったのに。」
「そこがよかったのよ。百海ちゃんのきれいな《こころ》が、まっすぐに伝わってきて、感動したわ。出演してくれるわよね?」
「う、うん。」
「ありがとう!」
「こちらこそ!」
百海ちゃんのスピーチは、本当によかった。百海ちゃんの意外な⼀⾯が⾒られたし。あんなにピュアだったんだなぁ。すると、林先⽣が、
「北川さん、参考のために、残りの2⼈のスピーチへの感想も、いただけませんか?」
「あ、はい、わかりました。まず、牧⼝さんのスピーチ。さすがはプロですね、⾔葉遣いなどはとても丁寧で、素晴らしかったと思います。でも、失礼ですが、話の内容に、グイっと引き付けるものが、いまいちなかったように思います。もっと、なじみのある話題を選ばれた⽅が、よろしいかもしれませんね。」
「そうですか。わかりました。」
牧⼝さんは、しょぼんとしている。まぁ、プロにダメ出しをしたんだもの。無理はないわね。
「それから、林先⽣ですが、⾔葉遣いなどのすばらしさは、牧⼝さんに劣りませんし、話の内容も⼤変共感できて、素晴らしかったです。もし、百海ちゃんが話してなかったら、間違いなく林先⽣を、お選びしていたでしょう。」
「では、僕と藤井さんを分けたポイントは?」
「林先⽣のスピーチは、百点満点だったからです。立派すぎたんです。もちろん、お仕事でしたら、満点のスピーチのほうがよろしいのかもしれませんが、この場にふさわしいスピーチをしたのは、百海ちゃんだったわけです。」
「なるほど。僕は確かに、執筆をするような感覚で、話しましたからね。それがあだとなったわけですか。むしろ、⾃然体の藤井さんのスピーチのほうが、北川さんには響いたわけですね。」
「はい。」
「藤井さん、完敗です。番組出演、僕らを代表して、よろしくお願いしますね。」
「はい!」
「あのぉ……。」
後ろから牧⼝さんの声が。
「私の⽴場はどうなりますのでしょぉ……。」
「修⾏が⾜りませぬな。」
と林先⽣が⼀喝。
ドッ!! 爆笑の渦が巻いた。
こうして、私の番組には、百海ちゃんに出てもらうことになった。それにしても、私と百海ちゃんって、前世は恋⼈同⼠だったのかしら。何かと惹(ひ)きつけられるわね。今回もまさか百海ちゃんを選ぶことになるとは、思ってもなかったんだもの。神様の思し召しかしら。
あらあら、私、百海ちゃんの影響を受けてるわね。神秘的なことには私、あまり興味がなかったのに。わたしにも、「ラジオの精」とかが⾒えるようになるのかしら。