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満足しきれない気持ちが育種のモチベーションに・・・夏の暑さに耐えるシャクナゲ等を育成

 こんにちわー。今回は、7月以来の久しぶりの投稿となってしまいました。9月になっても暑さが下がらない日が続いていますが、皆さんはお元気ですか。台風や集中豪雨等で、被害を受けた皆さん、大変でしたが一刻も早い回復をお祈りしています。
 今回の育種体験の語り手は、三重県津市の赤塚植物園で長らく育種をしてこられた倉林雪夫さんです。これまでは、主に農家などの個人育種家の方々に体験を語っていただきましたが、初めて種苗会社で育種を担当する職員に登場してもらうことにしました。赤塚植物園は、それまでは海外の目新しい植物や品種を導入して生産・販売してきたものの育種は行っておらず、わが国の気候に合ったシャクナゲ品種を作ろうと、倉林さんが育種をスタートされました。長年にわたり、一人で育種に取り組まれましたが、育種対象も当初のシャクナゲから、クリスマスローズ、タイタンビカス等に広がり、多くの品種を誕生されました。
 2010年からは、倉林さんの要望で会社に育種開発部が設置され、現在も育種開発部参与の職に就きながら、スタッフとともに、育種に励んでいらっしゃいます。
 では、倉林さんの語る育種体験です。どうぞ、お読みください。


話し手  倉林 雪夫さん      
   

 ❒ 花の道に進もうと農学部のある大学に編入し直す
 
三重県の県庁所在地の津市にある株式会社赤塚植物園で、シャクナゲ、クリスマスローズ、タイタンビカス▾、洋種ベニカナメ等の品種育成をしている倉林雪夫です。

私は東京のサラリーマンの家庭に生まれ、システム工学やコンピュータ関係の道に進もうと思っていたので東京理科大学経営学部に入学しましたが、卒業直前に気持ちを改め、好きだった花の道に進みたいと思ったんです。それで、明治大学農学部園芸学科に編入したんです。親はすんなりと認めてくれたものの、与えてくれた猶予期間は2年間だったので、必死に学んで1975年に24歳で卒業しました。

 ❒雑誌で知った赤塚植物園を訪ねて入社

赤塚植物園を知ったのは、雑誌のガーデンライフの広告を見たことからでした。洋ランでメリクロン▾等の新しい取り組みをしていることに興味を持ったので、押しかけて頼み込みました。ちょうど大学卒業者を探していたようで、面接で採用してもらうことができました。ただ、両親に反対されてはいけないので、地方の会社であっても最新の取組みをしている企業だと真剣に説明しました。

 ❒暑さに強いシャクナゲを作ろうと会社で初めての育種を開始

入社後、アメリカから輸入した西洋シャクナゲを管理する仕事をしていましたが、夏の暑さであまりにも枯れるものが多かったもで、わが国の気候に合う「枯れないシャクナゲ」を作ろうと1981年30歳で交配を始めたのが、育種の世界に飛び込んだ第1歩でした。

そのときは、当社は世界中から新しい植物や新品種の導入・普及に力を入れていた段階で、会社としてオリジナルなものを育種することはしていませんでした。しかし、シャクナゲを広く普及させるには自社で育種するしかないと思い、育種を行う許可を社長に頼み込んだんです。
育種の知識は、タキイ種苗の月刊誌「園芸新智識」等から学ばせてもらいました。

ただ、当時会社に育種専門の部門はなかったので、育種開発部ができる2010年 60歳までは、営業や商品企画、植物生産、売店の店長等の仕事と掛け持ちで育種を行っていたんですよ。

 ❒暑さに強く、成長の早い花付きの良いシャクナゲをめざす

シャクナゲは、とにかく丈夫で成長が早く、花付きの良いものの育成を目標にしました。丈夫なものを残したいので殺菌剤は極力使わないで育て、病気になったものは捨ててきました。花付きの良いものを残すため、交配して3年で花が咲いたものを残し、それ以外は捨てました。

その後は、残したものの中から咲いた花を見て魅力的だと思うものだけを選抜▾してきました。実生した苗のほとんどを捨てるので、育種に使用する面積は少なく限定できました。

 ❒「ウェディングブーケ」、「マリアン」等、50品種を超えるシャクナゲを育成 

この結果、シャクナゲでは、ピンク~白に移る花色で葉の光沢があり、花付きが極良の「ウェディングブーケ」、ピンク~白に移る花色で、芳香のある「真珠姫」、花色がピンクで、花付きが極良の「マリアン」、花色が底白、花付きの良い「ストロベリーサンデー」等の50品種を超える品種を育成し、品種登録を受けることができました。


シャクナゲ   ウェディングブーケ

シャクナゲ  マリアン


シャクナゲ  ストロベリーサンデー

 
  ❒華やかな花色で、斜め上向きに咲くクロスマスローズをめざす

 クロスマスローズでは、濁りのない華やかな花色で、斜め上向きに咲くものの育成を目標に取り組みました。「誰が見てもきれいな花」を残そうとしたので、マニア的な視点を排除して選ぶのが難しかったと思っています。また、栄養系の品種を確立するために、増殖を組織培養で行っていますが、思うようになかなか増えてくれないので苦労してきました。

  ❒春香、手毬等、30品種以上のクリスマスローズを育成

そのような中で、クリスマスローズでは登録は取りませんでしたが、明ピンクに赤い糸覆輪の入る「春香」、明ピンクの「琴音」、明ピンクに濃赤紫の筋が入る「手毬」、アプリコットに赤紫の糸覆輪の入る大輪の「花梨」等、30以上の品種を育成しました。


クリスマスローズ  春香


クリスマスローズ  毛毬


クリスマスローズ  花梨   
              


クリスマスローズ  最新品種(まだ品種名なし)

 ❒輝きのある花色で早咲きのタイタンビカスの育成をめざす

タイタンビカスは、輝きのある花色で、6月から咲き出す早咲きのものの育成を目標としました。咲くのが1日の花なので、毎日屋外の圃場で花の確認をする必要があります。開花時期が暑い夏なので、落ち着いて花を見るために早く出勤して、涼しい早朝に観察を行ってきました。

 ❒タイタンフレア、タイタンアイ等、20を超えるタイタンビカスを育成

そのように取り組んだ結果、タイタンビカスでは、花色が輝赤色の大輪で、高性の「タイタンフレア」、花色が赤の巨大輪で高性の「タイタンウラノス」、花色がピンクで底白の「タイタンアイ」、花色が赤紅で中性の「タイタンイカロス」等、20を超える新品種を育成しました。


タイタンビカスの育種圃場


タイタンビカス  タイタンフレア

 

タイタンビカス  タイタンアイ

再雇用の条件として設置された育種開発部

育種開発部ができる2010年より前は、育種は長年1人で、育種目標の設定、交配の企画作り、実際の交配、種まき、植え付けなども全てやってきました。育種開発部については、私が60歳となって再雇用されるときに、再雇用の条件として育種専門の部門を作ってほしいと頼み、設置してもらうことができました。

その時点ですでに、タイタンビカスは販売されていましたし、シャクナゲの品種は、ほとんどが私の育成品種に置き換わっていましたが、更に育種を加速するために集中して取り組みたかったんです。もともと我が社には、日本になかったものを海外から導入し、国内で売り出すというスタンスがありました。一昔前まではそれで良かったのですが、今では海外の新品種もすぐに入ってくるので、新しいものは「探す」でなく、「作る」ことでこそ、他の生産者との差別化がなされると思っているんです。

育種開発部には、最近になってからですが育種のスタッフもできました。最近は視力・体力の低下を感じ、実際の作業はスタッフに任せ、私は目標設定や開花時の選抜などの業務に集中しています。それでも、育種の仕事は自分の目標をもって行え、品種として結果が残っていくので、良かったと思っています。

 ❒新品種の名付けに悩む 
 
育成した品種の名称にどんな名称をつけるかについては、社内募集も行っていますが、いつも非常に悩んでいます。タイタンビカスとシャクナゲは、ギリシャ神話の神や登場人物の名からつけるのが多いのですが、咲いた花のイメージから考えています。クリスマスローズは、和のイメージの伝わる名称にこだわってつけてきました。

 ❒一般の皆さんに評価してもらうことが最高の喜び

長年取り組んでうれしかった思い出は、タイタンビカスの新品種を世に出した時に
多くの人がネットでその魅力を称えてくれたことです。一般の皆さんに評価してもらえることは、業界のプロの方々からもらえる評価以上にうれしいんですよ。

 
  ❒新品種を作っても満足しきれない気持ちが、モチベーションを保ち続ける

 選抜途中のシャクナゲを間違えて捨てられてしまったこととか、ショックなこともありましたが、それでも新品種を誕生させるまでモチベーションを保ち続けてこれたのは、1つは花に対して「もっとこうだったらいいのに」という不足感をいつも感じてしまうこと、2つは育種作業でゴールに近づくことはできても、到達できないという気持ちを絶えず持っていたからです。

  ❒育成したオリジナル品種が競争力アップにつながる

 我が社の育成品種は、コメリ等のホームセンターや大型園芸店で、オリジナル品種として販売されています。オリジナル品種やオリジナル植物を持つことは、他の業者との競争力をアップさせることになっていて、育種の果たした貢献は大きいものであったと思っています。

育種の醍醐味は、自分が作り出した花を多くの人が感動してくれること

 育種の魅力は、今までなかった花を創り出せることです。実際は、創り出すというより、咲かせてくれた中から良いと思うものを選び出すといった方が適切ですけどね。そして、その選んだ花を見て多くの人が感動してくれることが、育種の醍醐味だと感じています。自分が死んだ後も、その花が作り続けられたら、最高だと思っています。

 これまでの経験から、育種はとにかくやってみることが必要。結果が出るのは数年後なので、やってみなければ結果は出ないということ。運のない品種は生き残らないので、「運の良さ」もできた品種の形質(特徴)の1つと捉えて挑戦すべきだということ、永年の育種でそれを学ぶことができました。

  ❒若い育種家には、新品種は情熱があってこそ生み出されると伝えたい 

 育種に取り組む若い人達には、情熱こそが新品種を作る原動力なので、「情熱に勝る才能なし」の言葉を送りたいと思います。それを別の言葉で言えば、「情熱なくして新品種なし」ということです。周りから何を言われても、情熱を失わずに取り組んでほしいです。

  ❒受精がうまくできない熱帯スイレンの育種を成功させたい

 これからやりたいことといえば、失敗続きだった熱帯スイレンの育種は成功させたいですね。スイレンの女神に見放されているんですかね。交配の手順はわかっているつもりですけど、授精ぜずに種子ができないんです。ベニカナメでは明るい色の新芽だとかの色変わりのものを作りたいと思っています。更に、これまで世になかった、又は注目されていなかった植物にも興味があるので、挑戦してみたいですね。

            用語(▾印)解説

 タイタンピカス: アメリカフヨウとモミジアオイの交雑種

 メリクロン: 茎頂培養のこと。メリステム(主として茎頂のメリステム)
   とクローンをを繋ぎ合わせた言葉。植物体の茎頂部分の細胞は分裂が
   激しく、一般にウイルスにかかっていないため、この細胞部分を培養
   するとウイルスフリー(生物がウイルスにかかっていない状態)の植
   物体を作ることができる。

 選抜: 育種では、育種作業により得られた多くの植物体の中から有用な
   形質を持つものを選び出して、新品種を得ている。この有用な形質の
   ものを選び出すことをいう。
 
 
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👉水野賢治さん育成のイチゴ「みくのか」の親株、10月から販売開始

 6月17日に投稿した「農業改良普及員から転身し、育成したイチゴ2品種を直売」で取り上げた愛知県大口町の水野賢治さんのイチゴ「みくのか」の親株が、三好アグリテックから10月1日に販売されることになりました。
 6月17日投稿した記事には、種苗会社で試作中としていましたが、販売に至ったことをうれしく思い、紹介しました。。「みくのか」は、硬い、大きな果実で、ランナーの発生も多く、多収な品種です。
 農業改良普及員からイチゴ農家に転身して、初めて育種した新品種なので、「多くの農家の皆さんに作っていただきたい」と、水野さんは今後の普及に期待を寄せています。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今後の育種体験記事は、農家などの個人育種家だけでなく、研究機関や種苗会社で働く育種家の方にも幅広く登場していただくつもりですので、引き続き愛読くださいますよう、お願いいたします。


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