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パートナー農家の花育種を支援し、開発品種による経営の改善に取り組む 

(カバー写真は仙波さんと共同開発したプリムラ・マラコイデス 3品種)
   
 皆さ~ん、こんにちは~。7月以来2か月ぶりの投稿となってしまいました。今年は8月を過ぎても、耐えられないようなひどい暑さでした。お盆が過ぎ、少しは落ち着いてきた感もありますが、皆さんはお元気でしょうか。

 今回は、種苗会社で40年花の育種を経験し、退職後に経営を改善しようとする農家をパートナーとしてサポートし、共同して育種開発を行っている佐藤和規さんに話をお聞きしました。

 佐藤さんの取組みは長い育種の経験を活かし、これまでになかった新品種を作ることで、パートナー農家の経営を改善させることにとどまらず、なり手が少なく高齢化が進んでいる個人育種家を育て、民間育種を活発化させることに繋がる貴重なものだと感じました。

 自分が苦労して得た育種の技術や情報を、他人には教えようとしない育種家もいると聞きますが、それを次代の人に伝えることは育種の向上・発展をもたらすために、ぜひとも必要なことと思います。熱心な農家と一緒に育種を行いながら、自身の経験から得た情報を教える佐藤さんの活動は大変に意味のある事だと思い、今回の記事に取りあげさせていただきました。

 自身の作りたい花品種を農業従事者と一緒に開発し、一人前の育種家に育てあげるという生産者育種を推進されている佐藤さんの体験です。ぜひ、最後までお読みください。

話し手  佐藤 和規さん(花はビデンス「ビーダンス」 


 ❒花に夢中になったのは中学時代に読んだ本がきっかけ

 
東京の世田谷区に住み、60歳で第一園芸を退職後に花の育種会社Vista Future Flowers Inc。(通称:ビスタ・エフ・エフ)を立ち上げ、パートナー農家と協力して育種を行っている佐藤和規です。

 高校生までは板橋区に住んでいたのですが、卒業して就職した年に今の世田谷区に移転しました。父は洋菓子の製造の仕事をしていましたが、動植物が好きで、苦しい生活でしたが家にはたくさんの鉢植え植物を育て、珍しい種類の金魚を育てていました。

 そのような環境で育った私が、植物に夢中になってその世界に飛び込んだのは、生物・化学部の部長となって中学2年でソラマメの発芽観察をしたときに、形態変化する種子の不思議に魅せられ、生物担当の恩師から贈られた本「植物の世界」を読んだことがきっかけです。

 ❒入社した第一園芸で40年間花の育種に携わり、多くの品種を開発

 
高校は都立園芸高校の園芸科で学び、卒業して入社した第一園芸では育種の仕事を希望し、戸越農園に配属されました。職員となってからは、社内外の業界の先端を歩む先輩の指導を受け、本も読み漁りながら花に関する勉学に励みました。

 25歳からは1年以上をアメリカの園芸学校で学び、巨大な施設での生産に求められる性能、施設とそこで働く労働者を効率よく動かす知恵、品種に求められる性能等々、現在の育種の仕事にも繋がる勉強をすることができました。

 第一園芸での40年間に渡り、富士小山農場でプリムラ、シネラリア(ペリカリス)、ベゴニア、ビンカ等の鉢花・花壇用品目やストック、ダイアンサス、アスター(カリステファス)、スターチス(リモニウム)等の切り花用品目の育種に力を入れて取組み、併行して他業種とのいろんな共同開発にも関わりました。

これらの育種の中でも強く思い入れて作った品種には、極早生で5月から9月まで連続開花するサルスベリの「スーパーソニック」、世界初の種間雑種で1本の花梗に1500輪の小花を咲かせ、5年以上も咲き続けるリモニウム(スターチス)の「ミスティブルー」等があり、40年を経た今もその成果に誇りを持っています。

サルスベリ「スーパーソニック」のピンク
リモニウム(スターチス)「ミスティブルー」


 ❒定年後、自由に作りたい花を育種する会社、ビスタ・エフ・エフを設立

 60歳を迎える少し前から、定年になったら自分が自由に作りたい花の育種に熱中できる育種会社を持とうと、準備を始めました。

 立ち上げる会社の名はVista Future Flowers Inc。(通称:ビスタ・エフ・エフ)と命名しました。この名は、親友のアメリカ人のプラントハンター▾でアマリリスやグラジオラスの育種家、尊敬するアメリカを代表するコリウスやインパチェンス等の育種家が、共に「遠くまでよく見える」意味のVistaの名の名を冠した会社を運営していたので、その名を私の会社名としたのです。

 これからは、私も脱線させずにまっすぐ育種を進めて、これまでに見たことのない花を生み出し、皆に喜んでもらいたいとの思いを込めて命名しました。

 ❒育種での経営改善に意欲を持つパートナー農家の獲得に動く

 定年の60歳を迎えても、3年間は会社の技術顧問の任に就きましたが、今後の仕事のための育種素材の収集や情報集めに必死に取り組みました。63歳で会社から解放されると、共に育種を行うパートナーを求めて関東一円の興味ある農家を訪ね歩きました。

 私は東京に住んでいるので、作物を育てる圃場がありません。そのため、私の保持している品種と交配する優れた遺伝資源を持ち、育種で経営改善を図ろうとする農家と組んで、これまでにない優れた品種を生み出そうと考えたからです。

 農水省が作っている品種登録データから登録に出願した農家のリストを作り、東京から通える範囲にある農家を選んで回りました。そのような中で、私のパートナーとなった方は関東地域で約10人と、程よい人数となりました。

 ❒私の収益は、パートナー農家が新品種の評価を経費に換算して支給

 開発した新品種は、共同で育種したといってもその所有権は、私が持つのではなく、パートナーを組んだ農家が持って商品として販売して、経営の改善に取り組んでいます。私はパートナー農家の育種を支援し、販路を世界に広げようと動くのが私の立場です。

 私は、共同で作りあげた新品種に対して、生産者が販売者から得たロイヤリティ▾の一部を利益配分してもらっています。その配分は、育種には非常に繊細な要素があることを考慮して取り決めています。

 「新品種の素材(親品種)の持つ特別な遺伝形質がどこから来たものか」「親品種の遺伝形質がどう組み合わさって新品種の新たな表現に結びついたのか」「新品種の新たな表現が消費者、生産者、販売者にどんなメリットを与えられるか」「それがどのくらいの大きさのマーケットになると想像されるか」「パートナーと共同開発を行った私が新品種に新しい表現を生み出すためにどのだけ努めた(貢献した)のか」等を考慮するのですが、パートナー農家は新品種が開発されたという成果が出るまでそれが分からないので、品種の育成途中に私が出歩いた国内外の旅費、交通費、宿泊費は、請求していません。

利益の配分は、新品種が開発され商品化する段になって、「商品の評価を経費に換算し、販売で得られる苗や製品のロイヤリティに一定の率をかけて算出した額を受け取っています。

 ❒材料を観察しながら、育種の仮説を立てて開発する品種目標の達成に
  努める

 育種にあっては、製品を国内にだけ販売しているパートナーの経営改善につなげようと、「今流通している花をどのように改善してその表現を発展させ、海外市場へ品種提供できる商品に仕上げるか」等に気を配っています。

それによって、私に育種経験が無かった品目でも、材料を観察することで遺伝子の発現パターン(遺伝様式)を想像し、それを目標とした育種の仮説を展開して、最短距離で目標に到達できるように努めました。それが実現できるようになったのは、まさに年の功かなと感じています。

 パートナーとの共同育種は、77歳になろうとしている現在も継続し、パートナーの処をほぼ毎月1回巡回し、サポートと懇親の情報交換会を続けています。

四季咲き性で長期間咲く続け、蜂が好む香りのビデンス「ビーダンス」を育成

 自身の会社を立ち上げた後に、育種に力を入れて育種に取り組んだものにビデンスがあります。埼玉県深谷市のパートナー施設で種間交雑を積極的に進め、蜂が好む香りがあり、真夏・真冬以外は長期間咲き続けるビデンス「ビーダンス」を開発することができました。  

ヒデンス「ビーダンス」3品種による苗の混植

 この10数年間は、共同育成者、さらにアドバイザーとして「日長に左右されない花芽分化」、「花芽分化と開花に低温を要しない開花生理」、「欧米人がクール(素晴しい)と感じてくれる先見性のある表現の花」、「誰も見たことのないような新しい景色を楽しんでもらえる花」をめざし、国内販売では開発品種が優位に展開できる商品にすることに狙いを定めて力を注ぎ、育種成果を生み出してきました。

 パートナーと組んで行った育種事例の一つとして、私が最も長く共同開発をを行ってきたパートナーの栃木県真岡市の仙波園芸の若い園主、仙波勉さんとのプリムラ・マラコイデスとルピナスの育種成果を紹介します。

 ❒パートナーを頼んだ農家で、育種材料に使えるマラコイデスの品種を
  見つける

パートナーの仙波勉さん

 仙波さんを訪ねたときに、勉さんの父親が育成してきた作りやすいダルマ系のマラコイデス品種「乙女シリーズ」に、小さな茶色の目のある個体を見つけ、育種素材(交配の片親)として活用できると直感しました。

この茶の色を見て濃淡変更遺伝子が存在し、これを薄めて新しいピンク色の特性が表現できると感じたのです。

 これと交配する相棒にはマラコイデスでは初めて淡緑色の特性をもった品種「ライムグリーンフサコ」を用いて、「花の老化が極めて遅く、美しさが長続きする、大きな花束のような草姿を備えた鉢花」の育成をめざしました。

 ❒奇抜で繊細な花色などを備えたこれまでにないマラコイデスの3品種を
  開発

 その結果、最初の交配から4年程で、淡いピンクで花持ちが良く、豪華な花束のような姿の品種「ウインティサクラ」が、1年遅れて咲き始めは淡いサーモンピンクで、咲き進むほどにピンクが退色して地色のライムグリーンに変化しながら、数十本の花穂が美しいグラデーションを表現する品種「ウインティピーチ」を誕生させることができました。

 さらにその後、花穂がしっかりして型崩れしにくい緑色の品種「ウインティ・ライムグリーン・コンパクト」、強いアクセントカラーの品種「ウインティ・ローズ」が開発でき、奇抜で繊細で高貴な色彩を備えた全く新しいマラコイデスの表現世界を切り開くことができました。   

 これらのマラコイデスの品種開発は、花弁に葉緑素を含んだ品種が見いだされたことで大きく展開が進んだ例であり、そのことで我が国の鉢花の世界を変え、ポット苗の世界を変えることができたと思っています。

 ❒低温処理も日長処理も不要なルピナスを開発し、欧米で販売

 仙波さんと共同育種したもう1つはルピナスで、プリムラ・マラコイデスと同時期に育種に着手しました。開発に当たっては、新しい着眼点の基づき、交配等のこれまでに取られていた手法とは違う手法を取りました。その育種手法と完成した品種の形質表現で日米双方で一般特許を取得することができましたが、その手法がどんなものかについては、記事に書くことは控えさせていただきます。

 それによって完成した品種は、花芽分化が、夏でも夜の温度が一定程度であれば休まずに継続し、冬場は戸外に出して凍えるような冬の寒さに当てなくても、生長開花する特性を持ち合わせています。

 そのため、温度によって栽培方法を変える必要がなく、栽培の全期間にわたり設定した一定の方法で管理する大規模農場でのプログラム生産を可能にした世界初の品種となりました。

仙波さんと開発した未発売商品・矮性ルピナス

 開発した品種は、「ステアケース・シリーズ」としてアメリカの市場にデビューし、組織培養で苗が作られ供給されています。欧米で販売する苗の生産は、組織培養されていますが、このルピナスでのプログラム生産が暑い日本の気候には馴染まないことから、我が国では作られていません。

 ❒経験がない中で必死に取り組んだパートナーの努力が成果を生み出す

 仙波勉さんは、私がパートナーをお願いするまで、育種に携わった経験がなかったのですが、これまでにない花を生み出すために必死に育種に取り組まれました。その勉さんの情熱と努力が実を結んだ結果が新品種を生み出し、仙波園芸の経営を大きく変えることができたのだと思っています。

また、これによって私が他のパートナーと進めている別品目の育種も加速させることができました。

 ❒パートナーとの共同育種で、多くの成果品種が誕生

 自身の育種会社を立ち上げて、それぞれのパートナーと取り組んだ17年間の成果品目は、現在までルピナス、ダイアンサス、トリフォリウム(クローバー)、ハイドランジア、カリブラコア、ビデンス等に及んでいます。
今後は、さらに新しい材料(宿根草や木本類)と、新しい表現と形質の獲得に挑戦しています。

 ❒新たな表現形質を持つ品種の育成に向けて根気よく取り組みを進める

 育種を進めるに当たり、「育種対象植物がどんな機能や表現を内に持っているか?」、「それらを発現させるとどんな世界が拓けるのか?」、「日本の市場で評価されるためには、どんな製品(品種)を目指すべきか?」、「欧米人にもインパクトのある商品と思ってもらうにはどのような性能を与えれば良いのか?」、「それを獲得するにはどんな道筋で育種し、その表現を追求すべきか?」をよく考えながら、進めることが必要です。

 丁寧に観察し、私が気にしている遺伝形質を開発する品種に付与するために、根気よく取り組めば品種開発に向けてのゲームの道筋が見えてくると信じています。それらが育種期間の短縮につながるし、オリジナリティのある商品(品種)開発に繋がるものと信じて、これからも突き進んでいきます。

 ❒品種開発の目標達成のために、高齢でもさらに育種を続ける

 私の育種のサポートの狙いは、花の生産者自らがオリジナリティとバイタリティ溢れる品種を生み出して、経営改善を図るという生産者育種を育て発展させることです。

その夢に向かって、私は80歳まで現役で品種開発に関わり、走り回ってパートナーの育種を楽しく応援し、世界にも供給される花が開発され続けることを念願しています。

 ❒育成者の会が実施する優秀な育種家の顕彰にも取り組む

 私は、個人育種家の集まりである全国新品種育成者の会▾の顧問をさせていただいています。育成者の会は、毎年優秀な個人育種家を顕彰していますが、私はその表彰事業の選考委員長をしています。

 育種の世界では、長期間をかけても思うような品種を作ることが困難な育種に取り組む育種家が減り、高齢化が進んでいますが、そのような中で頑張っている育種家を称えることによって民間育種を活性化させ、新たな時代に向けた優秀な品種の開発と普及が進んでいくよう、取り組んでいきたいと思っています。


              用語(▾印)解説
  
 プラントハンター: 主に17世紀~20世紀中期にかけてヨーロッパで活躍
           した職業。食料、香料、薬、繊維等に利用される有
           用植物や観賞用植物の新品種を求めて世界中を探索
           する人 

 ロイヤリティ:  特許権、著作権、育成者権などの使用料。発明、著
        作、育者等の成果物を使用して得た収益の一部を発明者、
        著作者、育種者等に支払う対価

 全国新品種育成者の会: 昭和62年に設立された個人育種家の集まり。優良
           な育種家等による講演会、育種現場の視察、優良な
           育種家の表彰等の活動を実施、現在の会員は60名程
           度。

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