父から教わった夢のある品種改良に挑戦して40年
育種体験記を読んでいただく前に
これまでにない色の花を咲かせたい、もっと甘い実を実らせたい等の夢をもって、この品種をかけ合わせようと交配を行った育種家は、そこから変わった特性を持つ子供が生まれてくることを心待ちにし、宝物を扱うように大切に育てています。
連日、顔を出した植物体をあちこちから食い入るように眺める様子は、周りの人達から一体何をしているのかと不思議がられるそうですが、それだけ自分の交配した植物がどう育っているかを見るのが楽しみなのです。
北陸のМさんは翌朝が冷えると聞くと、自分の寝室でも焚かない石油ストーブを交配した植物のあるハウス内で焚いて温めているそうです。Mさんは気に入った花でなくても、初めて咲いた花を見たときは本当にうれしい気持ちになると話していました。
それなのに、育成者に無断で手に入れた新品種を栽培して販売しているニュースが後を絶ちません。ブドウのシャインマスカットやルビーロマンが中国や韓国で作られ、販売されているニュースは大きく報道されました。育成者の心を思うと、強い憤りを感じている人もたくさんいることと思います。
今回、3回目のノートに投稿する秋田県横手市の渡部泰藏さんは、育成したサギソウの1品種を全て一夜のうちに盗まれ、残った1品種も再び盗まれる被害にあい、国に申請した品種登録の出願を取り下げざるを得ませんでした。
渡部さんは、育てていたサギソウを東日本大震災にあった岩手県釜石の仮設住宅の住居者に平成25年から3年間にわたり、「サギのように復興に飛び立ってほしい」との思いを込めて寄贈されています。
そんな自分がなぜこのような目にあわなくてはいけないのか、悔しさと無念さはひとしおだったと思いますが、今出願中のバラの新品種の登録を心待ちにしておられます。悲しい体験ですが、渡部さんの了解を得て投稿させていただきました。
私の育種体験記
みちのくの冬の風物詩となったかまくら、B級グルメの横手焼きそばで知られる秋田県東南部の横手市に住む渡部泰蔵です。87歳となりましたが、バラ、サギソウ、山野草の斑入り種の品種改良に挑戦しています。
私の父はイネや野菜の生産農家でしたが、趣味でバラやリンゴの育種に取り組んでいました。小さい時から植物が好きだった私は、小・中学校の時には先生に栽培の仕方や育種のやり方等を聞いたりしていました。父は、40年前に亡くなりましたが、その頃から芽接ぎや交配の仕方等のアドバイスをしてくれた父には感謝しています。
秋田市にあるノースアジア大学に入学し、汽車通学を行っていた頃、秋田市のデパートで行われたバラの展示会を見てバラが好きになり、卒業後秋田バラ会に入会して展示会に出品し、県知事賞等、多くの賞を受賞しました。 私は、農家ではありません。7人兄弟の6番目でしたし、大学卒業後は公務員となり、県庁に4~5年務めた後は地元横手市役所の職員となりました。出品したバラが展示会で入賞されるようになった頃から、私は育種に興味を持ち始め、父の作業を夜中にノートに書き留めて参考にしたりしました。
私のバラの育種は、50年程前に父が垣根の所に植えた「ブルームーン」を母木としています。このバラは、白に鼠色が入る花で、色はぱっとしませんが、匂いが良いのが特徴です。このブルームーンと交配には、芽接ぎ▾して採種した種子を播いたブルームーンの実生苗木▾を用いています。育成までには、約10年がかかっています。できた花は雨にあたると縮んだ利する花弁の弱いものが多く、良いものは得るのは容易ではありません。
私の目標は青いバラを育成することです。それに近づけるために、葉の青い物を選んで交配するようにしています。特に、葉の裏が青くないと、青いものを作ることは困難です。
長年育種に取り組んだ結果、濃いラベンダー色の剣弁高芯咲き▾で、花茎も長く伸び、花持ちの良い新品種「秋田おばこ」を登録申請▾することができました。
サギソウという花をご存じしょうか。日本各地の山野で見られる草丈40センチ程の球根性のランです。7月から8月ごろにシラサギが飛んでいるような白い花を咲かせるのですが、今ではマニアの乱獲などで数が減り、準絶滅危惧種▾にも指定されています。
私は、父が好きで作っていたサギソウを高校生の頃から栽培してきました。平成25年に東日本大震災の被災者に贈ってあげたいと、私は被災地に花を送るNPOを立ち上げました。そして、市役所時代の仲間など50~60人に一鉢に球根10球を栽培してもらい、「サギのように翼を広げて復興に飛び立ってほしい」との思いで、平成25年に100球、26年に1,000球、27年に300球を岩手県釜石市の仮設住宅に住む被災者に寄贈しました。
このサギソウは良く増える植物で、球根が数倍に増えると突然変異▾が出ることがあります。私は、これまでに黄葉の「黄金宝」と、白い中斑▾が入る葉の「麗光」の2品種を登録しようと出願申請しました。サギソウの出願はこれまで誰もしていなかったとのことで、農水省の審査官が我が家に審査基準を作るための調査に来てくれました。
このうち、「麗光」は葉に花が咲いたようにきれいで、雑誌「趣味の山野草」に紹介されたことから見学に来る人も多かったのですが、1夜のうちに全てを盗まれてしまいました。その夜は家族で外食に出かけていて、戻ったら完全に無くなっていたのです。雹が降る悪天候だったので、周りの人は皆家の中にいてので目撃者はおらず、警察に届けましたが解決にはいたっていません。物がなくては農水省に審査してもらうことはできないので、やむなく出願を取り下げました。
「黄金宝」についても、農水省の審査官が調査に来ることになっていましたが、その前に見たら調査に必要な数が揃っていないことに気づき、取り下げざるを得ませんでした。
長年かけて作った品種が2品種も盗まれてしまったことは、今でも悔しく残念ですが、現在審査を受けているバラの「秋田おばこ」が無事に登録されることを楽しみにしています。
交配して作りだした品種は、出来損ないのようなものでも、孫子のようにかわいいものです。私は、高齢になったので、今はバラの「秋田おばこ」を大事に作ってくれる方を探しており、適当な方がいれば生産をお願いしたいと思っています。
サギソウは、「黄金宝」と青い葉のものの2種類を作っていますが、バラについては今後も父が残してくれた「ブルームーン」を母木として父木となるバラを選んで、育種を楽しんでいこうと思っています。
#87歳の育種家 #サギソウ #山野草の斑入り種 #黄金宝
#麗光 #被災地にサギソウを寄贈 #新品種が盗難にあう
#ブルームーン #秋田おばこ #剣弁高芯咲きのバラ
(渡部泰藏さんは全国新品種育成者の会の会員で、この体験記はノンフィク
ション作品です)
渡部さんは、育成したバラ「秋田おばこ」の生産をしてくれる希望者
を探されています。希望したい方がいればご連絡ください。
◧ 聞き手、作文: 岩澤弘道
iwa.hinsyudebyu.512@gmail.com
用語(▾印)解説
▾芽接ぎ: 接木の方法の一つ。増やしたい株(個体)の芽をその周辺部と
共に切り取って、自根を持った他の個体の茎に接ぐ方法。手法は樹種
によって異なる。
▾実生苗木: 種子から発芽した幼植物を実生と言う。接ぎ木、挿し木等に
よらず、種子から発芽させて育てた苗木を実生苗木という。
▾剣弁高芯咲き: 剣弁は、花びらの縁が外側に反り返っていて、花びらの
一部が尖ったように見える花弁を言い、高芯咲きは花を横から見たと
きに、中央部分が盛り上げって高い形をした咲き方を言う。二つの表
現が合わさることで豪華で豊かな雰囲気が作られることから、バラな
どでは高い人気を得ている。
▾登録申請: 新たに育成した品種について品種登録を受けるために国(農
林水産省)に行う申請のこと。
▾準絶滅危惧種: 国際自然保護連合(IUCN)が作成した絶滅の恐れのある
野生生物のリスト(レッドリスト)などで、定められている保全状況
の1つ。現時点での絶滅危険度は低いが、生息条件の変化によっては
より危険度の高い絶滅危惧に移行する可能性のある種。
▾突然変異: 生物の持つ遺伝子が何らかの理由で変わってしまうことによ
って、親と異なった性質が生じ、これが遺伝したり消失する現象。変
異を起こした生物事態にとっては、有害であることが多い。
▾中斑: 植物において、もともと単色で構成される組織が、本来持ってい
るべき色、つまり緑色の葉の一部が白や黄、あるいは赤となった模様
のこと。中斑は、葉の中央部に見られる斑をいう。
#サギソウ