精霊の舎-55(連続短編小説)完
アークの最後の言葉に、
ホンナは人間であった時のような
魂の痛みを感じた。
同時にマギも、
こんなにホンナを愛しながら、
ここに留まることを選んだカイに、
涙があふれる。
次第に、二人はさっきとは逆に
自分たちが、そこから遠のいていくのが
わかった。
バーの喧騒と時間が戻ってくる。
遠くの方で、人々のざわめきと
にぎやかな音楽があふれているのを
聞きながら、二人は目を閉じた。
気がつくと、
ホンナとマギは、
庭に湧き出る温かい泉のそばにいた。
「ここから他の世界につながって
いるのかしら?」
「・・・まさか」
泉には、月の影がゆらめいている。
この世界にも、時に夜が訪れるのだ。
エメラルド・グリーンに
キラキラ映える黄色い三日月。
二人は静かに泉に入って行った。
いにしえから続いてきた
ガイヤとの関係が、
思わぬ形で変わってしまった。
ガイヤはマギの世界で、
永遠という時間の中で
生きていくことで、二人の心に深く、
その存在を刻み込んだのだ。
人肌の温もりの中で、
マギはホンナに身を寄せた。
「・・・永遠って、何なのかしら?」
ホンナはそっとマギを抱き寄せる。
「・・・時々、人の人生って、
誰かが書いている物語なんだと
いう気がする。
もしかしたら、
君が物語を創造する限り、
世界は永遠に
続いていくのかもしれないよ」
「まさか」
くすくす笑った後、マギは
つぶやいた。
「・・・いつまでもそばにいて、
私を導いてね。
カイみたいに私を創造者として、
残して行ってしまわないでね」
「・・・もちろんさ。
そのために、私は創造者の魂を導く
精霊になったんだから」
そう言った瞬間、ホンナは強烈な
デジャヴュを覚えた。
悠々と天を舞いながら、
まだ目覚めぬマギの魂を
ここまで導いてきたのは
ホンナ自身だったのではないか。
そして、新しい物語のなかで、
あの青年が人間のカイから
精霊のホンナに変わったということは、
マギの魂が人間の域を超えたことを
意味するのではないだろうか。
ホンナはいつか、
精霊の自分を残して
はるかな高みへと
羽ばたいていくマギの姿が
見えるような気がした。
それは、少し寂しいことだけれど、
導く者にとっては、
これ以上の喜びはないとも思えた。
「・・・それまで、ずっと一緒だよ、マギ」
ホンナのつぶやきに、マギは笑った。
「永遠に一緒よ、私の精霊さん」
ホンナにもマギにも、
永遠という言葉のもろさはわかっていた。
そして、もろいからこそ美しいのだ、
ということも。
こんこんと湧き出る泉のほとりで
白ユリが一輪、風になびき、
甘くやさしい香りが一面に広がる。
遠い昔、龍が舞った空高くには
月が輝き、その光が二つの魂を
やさしく包み込んでいた。
完