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精霊の舎-36(連続短編小説)

小さな小さな泉は、
岩場にできた水たまりのようだったが、
その色はエメラルドグリーンに近く、
底から湧き上がっているのが、
水の動きでわかる。

かすかに硫黄のにおいがするが、
辺りの南国の花々の香に混じって、
決して不快なものではなかった。

ホンナはゆっくりと白い衣を脱ぐと、
泉に足をつける。

両性を持つホンナの姿は今、
まさにその両性を如実に表していた。

長い髪が湯の中で広がるのに任せながら、
ホンナは、その温かい泉に肩までつかった。

その泉は、驚くほどに、
マギそのものだった。

温かくなめらかな湯ざわりも、
心の奥までしみ込んでくる幸福感も、
マギを感じさせた。

ホンナは遠い昔、
マギと恋人だった頃、
温かい泉の湧く村で暮らしていたことを
思い出した。

大きな黒い瞳に、
真っ白な肌を持ったマギ。

褐色の肌のホンナ。

その頃の甘い時間を思い出して、
この温泉がマギに感じられるのだろう
とも思ったが、それならば、
青い空を見ても、
どこまでも続く森を見ても、
その他、どんな些細なものを見ても、
マギを感じないものはないはずだった。

全てのものが、マギと重なっても
おかしくないくらい、
二人は永劫ともいえる
長い時を共に過ごしてきたのである。

この泉は、しかし、その中でも特別
マギと重なるのだった。

                続 

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