墓樹(ぼじゅ)(シナリオ)
人 物
山村雪 (6)
山村千枝 (3)(10)(29) 雪の妹
山村昭二 (30)(56) 雪の父親
山村菊 (26)(33)(52) 雪の母親
山村小雪 (6) 雪・千枝の妹
初枝 (3) 千枝の娘
和尚 (60) 寺の住職
順吉 (50) 葬儀屋
村人・男A
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○小室戸(こもど)村・全景(夜)
しんしんと雪が田畑に降り積る、
地方のわびしい田舎町。
点々とある人家から光がもれている。
貧しい家並みの外観。
○山村家・囲炉裏部屋・中(夜)
山村昭二(30)、山村菊(26)、
和尚(60)と
村人が囲炉裏を囲んで
深刻に向かいあっている。
菊は、山村千枝(3)を膝にのせて
泣いている。
○山村家・奥の寝部屋・中(夜)
山村雪(6)が、粗末な布団の上に
寝かされている。
息は絶え絶えで、
閉じた目が時々うっすらと開き、
黒目がかすかに動くのが見える。
障子ひとつ隔てた囲炉裏部屋から
聞こえてくる、
ぼそぼそとした話し声に
耳を傾けている雪。
○同・囲炉裏部屋・中(夜)
すすり泣く菊を不思議そうに
見ている千枝。
和尚「お菊さん、気の毒だが、
お雪は今夜もたんよ。そばにいてやれ」
菊、泣きくずれる。
村人・男A「昭二、葬儀屋の順吉に、
土葬壺、頼んどかな
・・・あそこも忙しいからの」
菊「何言うんか、まだお雪は・・・!」
昭二「・・・墓樹も決めないかんな」
菊、昭二をキッとにらみ、
菊「あんたまで、ようそんなこと・・・」
菊、千枝を抱いて立ち上がる。
○同・寝部屋・中(夜)
障子が開いて、
菊と千枝が入って来る。
菊「・・・お雪や、お雪・・・かわいそうに。
かぁちゃんはあきらめないぞ。
お前には、また元気になって
千枝の面倒みてもらわないと・・・」
菊、寝ている雪のそばに座り、
語りかける。
千枝も横で、きゃっきゃと
声を上げる。
雪「・・・かぁちゃん・・・」
かすかな雪の声に、菊、驚く。
菊「なんだ、お雪?
何でも言うてみい」
菊、必死で、雪の口元に
耳を寄せて聞き取ろうとする。
雪「・・・ごめんな・・・栗・・・」
菊「・・・栗? 栗が食べたいのか?
好物だもんな。
貧乏でいっぱい食べさせてやれんで・・・」
雪、うっすら笑うと首をふって、
雪「・・・栗の樹、植えて・・・
千枝に腹いっぱい食べさせてやって・・・」
菊、雪の体を抱え込んで泣く。
菊「何、言うてんの、
お前はまだ逝ったらいかん。
それに誰が墓樹のもん食べれる?」
雪「・・・私ら子供は、こっそり食べとったよ
・・・桃や柿、桜んぼ・・・
ばぁちゃんの柿は渋柿やった・・・」
菊、泣きながら笑う。
菊「ばかな子供らやな・・・
みんな怖がって入らん林やのに」
雪「・・・私には見える・・・千枝の子供が
ホクホクの栗、食べてくれる・・・」
雪、うっすらほほえんだまま、
眠るように力を失っていく。
菊、泣きながら、
その体を抱きしめる。
千枝の視線は、雪の体から
徐々に天井に向いていき、
うれしそうに上を向いて笑う。
○小室戸村の葬儀場
雪の小さな遺体を
葬儀屋の順吉(50)が、
白い布で包みこむ。
それを抱きかかえると、
子供用の土壺の中に
三角座りさせる形で安置する。
村人たちが次々と壺の中に
別れの花を入れていく。
花でいっぱいになった壺に、
順吉は布で蓋をすると、
それを荷車に積み込む。
○小室戸村の墓樹林
うっそうとした陰気な林の中に、
掘ったばかりの穴がある。
順吉と村人が、そっと
壺を穴の中に入れる。
和尚がお経を唱える中、
壺の上に土がかけられ、
穴は徐々に埋まっていく。
途中で、和尚と昭二が、
栗の苗木を植え付ける。
和尚「千枝や、お前もおいで。
お雪の栗の樹を植えるのを手伝ってくれ」
千代、嬉しそうに、
菊の元から墓樹の方へ走っていく。
千枝「・・・くり・・・?・・・おゆき?」
和尚「そうだ、お雪は栗の樹になって、
生まれ変わるんじゃ。
お前のばぁちゃんが渋柿に
なってあそこにおるように、の」
和尚、少し先の柿の樹を見つめる。
一方、茫然と立ち尽くす菊。
菊「お雪、やさしい子だ・・・でも、
かぁちゃんは、お前の栗を食べれねぇよ」
○土壺の中(夜)
目をさます雪。
その目が夢見るように天を仰ぐ。
○墓樹林(夜)
墓の上の栗の苗木を見つめる雪。
雪「・・・ちっちゃい苗木・・・」
雪、苗木のそばに横たわり、
眠りにつく。
○墓樹林・栗の樹の前
大きくなり始めた栗の樹。
○土の中(夜)
茶色くなった布が小さくなり、
壺が土の重みに耐えかねて、
ひびが入り始める。
○同・栗の樹の前(夜)
栗の樹、メリメリ、
という音と同時に、
いっそう深い地中に、
どすんと根を下ろす。
○山村家・台所・中(夕方)
菊(33)が、赤ん坊をおんぶして、
夕食の支度をしている。
粗末な夕食風景。
そこに千枝(10)が、
妹の小雪(6)の手を
引いて帰ってくる。
菊「こんな時間まで、
どこ行ってた? もう夕飯だぞ」
小雪「千枝ねぇが、向うの林に行こうって」
千枝、小雪の口を押さえるが
間に合わない。
菊「千枝、何度言ったらわかる?
あそこへは行っちゃいかん!
いくら腹が減っても絶対、
何も持ってきちゃいかん!」
○墓樹林・栗の樹の前(夜)
子供の姿のまま、
雪が樹の枝に腰かけて
月夜を見上げている。
雪、枝にもたれて
ウトウト眠り始める。
○(雪の夢の中)墓樹林・栗の樹の前
大人になった千枝が、
子供を連れて、
栗の樹の下にやってくる。
楽しそうにいが栗を拾う、
千枝の娘の姿。
雪、うれしくなって、
その子のまわりをひらひら舞う。
雪「いつか来るんだよ。
美味しい栗をいっぱい食べるんだよ」
○小室戸村の全景
紅葉した山々が、村を囲んでいる。
千枝(29)が車で山道を走っている。
助手席には初枝(3)の姿。
○山村家・玄関
昭二(50)と菊(45)が、
うれしそうに出迎える。
千枝「久しぶりに近くまで来たから、
ついでに初ちゃんの顔
見せようと思って」
孫の姿に目を細めて
喜ぶ昭二と菊。
○墓樹林の入口
車を止めて、初枝の手を取り、
林の中へ入っていく千枝。
初枝「ママ、どこ行くの?」
千枝「ちょっと冒険。
初ちゃんの大好きな栗が
いっぱいなっているといいね」
○栗の樹の前
地面に広がる、いが栗の山。
千枝「ほら、初ちゃん、
お雪姉ちゃんの栗が、こんなにいっぱい」
千枝、もってきた袋に、
いが栗を拾い集める。
それをはしゃいで手伝う初枝。
枝の上から、子供のままの姿の雪が、
それを見つめてほほえんでいる。
雪「やっと来てくれたね」
雪が手をふると、初枝、
びっくりしたようだが、
すぐにニッコリ笑うと、
大きく手をふり返す。
千枝「・・・どうしたの?」
初枝「今、枝の上に、女の子がいたよ」
千枝、ほほえんで、枝の上を見つめる。
千枝「ママの、やさしいお姉ちゃんだよ」
雪の姿はそこにはないが、
千枝、もう一度つぶやく。
千枝「・・・やさしいお姉ちゃんだったんだよ」
了