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二人

 二人はドライブに行く準備をしていた。その様子は至って普通のカップルといった感じに見える。
 「今日はどこに行くの?」
 「海かな。俺たちが初めて出会った海。」
 「いいけど、少し遠くない?それに海行くなら先に言って欲しいんだけど。こっちも準備あるんだし。」
 「ごめん、ごめん。でもサプライズがあった方が楽しいしさ。明日も休みだし少し遠くても大丈夫でしょ。」
 格好つけて彼は言った。彼は例えばドライブに行くとき目的地は伝えない。ただ当日になってから決めているだけなのかもしれないが、それが格好いいと思っている節がある。彼女はいつも彼の無計画に振り回されていた。そして彼は整理整頓も苦手だ。
 「少しくらい洗車したら。車の中も汚いし。私がせっかくあげた車なんだからさ。」
 「そうかなぁ。このくらい普通だよ。」
 「どう考えても汚いよ。今日帰りに一緒に洗車する?手伝うよ。」
 「まだ大丈夫だよ。母親みたいにいちいち言わないでよ。デート前なのにさ。」
 「分かった、分かった。ごめんね。」
 まあ、典型的なダメ男である。彼女はこんな彼の世話をするのに疲れていた。

 彼女が大体の準備をして二人は車に乗り込んだ。結局準備は彼女がした。彼はそれを見ていた。ただ見ていた。
 出発してから20分くらい経った頃、彼女が言った。
 「コンビニに寄って。」
 「分かった。」
 彼はストップすることになって少し不服そうだった。
 「欲しいものある?」
 「別に無いよ。」
 彼はいつもそう言う。なんでもいいとかどっちでもいいとか。とても優柔不断だ。何も自分で決められない。彼女もどうせこう返すだろうなと思って聞いている。
 「そう。わかった。ちょっと待ってて。」
 そう言って彼女は車を降りて、コンビニに向かった。少し機嫌が悪そうだった。
 彼女が戻ってきた。手には大きなビニール袋が下げられていた。
 「そんなに何を買ったの。」
 「お菓子とか色々。」
 彼女はどうせ彼が運転中に腹が減っただのコーヒーが飲みたいだの言うと思っていろいろ買ってきた。
 その後、しばらく二人は映画の話をしながらドライブを楽しんだ。二人の共通の趣味は映画だった。それが付き合ったきっかけだった。それ以外は特に合うところはなかった。付き合い始めてからしばらくは一緒に映画をよく見に行った。けれども彼はアクション映画じゃないとろくに映画を最後まで見ることができなかった。男の方は映画が好きだと言いつつ、よく途中で寝た。二人で映画を見に行った帰りに感想を二人で話していたときに彼の話していることが所々おかしくて、彼女は彼が寝ていることを知った。
 それからは二人で一緒に映画に観に行く回数は減った。付き合い始めてから3年経っているが今はもっぱらドライブか彼の部屋に行くことが多くなっていた。彼のダメさが気になって、突き放そうとしても気になってしまう。そうして、いつの間にか彼の世話をしている。

 「そろそろ休憩しない?」
 彼女が少し疲れた様子で言った。時計を見るとさっきコンビニに立ち寄ってから1時間ほど経過していた。この男はこう言うところに気が利かない。彼女は彼のこう言う性格によくイライラした。
 「そうしようか。そろそろお昼も近いし、どこかカフェにでも入ろう。」
 そうして、男はまた車を走らせた。開けた窓から潮風の匂いがする。左手に海が見える。澄んだ青色をしていて太陽光がキラキラと反射していた。とても綺麗だった。

「ここでいいかな。なんかお洒落そうだし。」
「良さそうだね。ここにしようよ。」
一台分だけ開いていたスペースに車を止めた。二人は車を降りてカフェの中へ入っていった。店の中には二人と同じ様に見えるカップルが大勢いた。
「結構人気なんだね。」
「そうみたいだね。」
二人の会話はあまり弾まなかった。
注文を取りに来た店員にコーヒーとサンドイッチをお願いした。この時も彼はなかなか選べなかった。彼女がこれでいいでしょと二人分注文した。
「実は先週映画をもう一本見てきたんだけどさ。」
彼が映画の話を始めた。
「どんな映画だったの。どうせまたアクションなんでしょ。」
「今回は違うんだよね。俺もアクションだけ見てる訳じゃ無いんだよね。」
男は映画の内容について話し始めた。
「あるところに普通のカップルがいた。本当に普通そうなカップルね。このカップルは周りからも関係は良好だと思われていて、彼女の方もゆくゆくは結婚まで考えていた。男もそう思っていた。ただ男は自分がダメ人間なことをわかってたんだよね。だから、自分を改革していい人間になろうとする。その男はいい男になって二人が一番大切にしていた場所で彼女にプロポーズする話なんだけどね。よくありそうな。」
「ありがちな恋愛映画ね。」
「まぁね。ただね、なんか僕と似てるなと思ってさ。僕もちょっと前まではダメ男だったけど今は頑張っていい男になったと思うんだよね。」
彼は自信を持って言った。
「まあ、ちょっとはね。」
彼女はこいつは何を言ってんだろうと言う顔をしていた。
コーヒーと軽食を済ませ彼らはまたドライブを始めた。
彼らは彼らが初めて出会った海水浴場に着いた。

彼は今日ここでプロポーズする。
「実はプレゼントがあるんだ。ちょっと待ってて。」
車を降りて一呼吸つく。彼は覚悟を決めた。
「ちょっと、車から降りてよ。」
彼は彼女を車から下ろした。
二人が初めて出会った浜辺は当時と変わらず白い砂浜と澄んだ青色の海の対比がとても綺麗だった。その美しさは彼のプロポーズを応援するかの様だった。水面は太陽がキラキラと反射して美しく輝いていた。それは彼らを祝福しているかの様だった。
彼は小さい宝石がキラリと光る婚約指輪を彼女に差し出してプロポーズした。
「僕と結婚して欲しいんだ。」
「えっ。本気なの?」
「本気だよ。僕はまだまだかもしれないけど、君を幸せにする覚悟がある。」
彼の言葉は本気だった。いつもの彼の表情ではなかった。彼女もそれを感じ取った。
「お願いします。」
彼女はそう言った。そして、二人は抱き合った。二人の影が白い砂浜に映し出されていた。その影は二人の今後が長く続くかの様に縦長に続いていた。

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