【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第二章「性愛の山」 23
しばらくすると、大きな通りに出た。
ここもすごい人だ。
道の左右に、木材を組み合わせ、板を伸せただけの小屋が、人が通る隙間もなく並んでいる ―― それが、山の麓まで続いているようだ。
その山に、茶色くなった山肌から、所々黒や朱色の建物が幾つも見えた。
それが寺だと聞いて、また驚いた。
寺というと、権太の村にあった小さな仏堂を思い浮かべていた。
あの寺でも、権太の家や庄屋の家から比べて、至極立派で大きい。
だから、お寺の大きさに驚き、そのお寺が山中全体に沢山建っていると聞いて、さらに驚いた。
権太は、八郎の後に続いて、その道を進んだ。
見ると、ある小屋には壺やら皿やらを並べ、その前で女と男が、喧々囂々と怒鳴っている。
喧嘩でもしているのかと思ったら、
「土師器売りだ」
売り買いをしているらしい。
「あの店の婆は、がめついからな」
と、八郎は笑っていた。
よく見ると、店先に立っているのは、女が多いようだ。
「よく気が付いたな、商売人には女が多い、どういった訳かは知らんがな。まあ、女は目鼻が利くからな」
確かに、この時代の商売人には、女性が多かった。
京の六角町は生魚の商人が集まっていたが、六十人全員が女性であった。
四条町には小物座とか、刀座とか、武器を扱う商人がいたが、ここも殆どが女性だ。
下手な私情を挟まず、的確な損得勘定で商売ができるのは、矢張り女性のほうであろう。
とかく夢見がちな男よりも、現実主義であることは、昔から変わらないようだ。
「あと、女は粘り強い。鐚一文たりとも負けねえが、こっちには一文でも安くしてやろうと、粘って値切る。流石の俺も、へきへきするがな。今から、そんな奴のところに行く」
大通りから細い脇に入った。
ここも掘立小屋が際限なく並んでいる。
しばらく行くと、人も少なり、小屋もぼろぼろで、道の脇でへたり込む男や、やせ細った子どもを抱きかかえるみすぼらしい女を見るようになった。
そのうちの、一番小汚い、今にも壊れそうな一件の小屋に入った。
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