【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第二章「性愛の山」 32
「泣いてるんか?」
おみよが覗き込んでいた。
涙を見られたくはなかったが、拭うこともしなかった。
代わりに、おみよが拭ってくれた。
「大丈夫や、うちがついてるから、心配いらん」
そう言うと、彼女は権太の筵に入り込み、顔を胸に押し当てるようにして抱きかかえた。
幾分肌蹴た襟元から、浅黒い谷間が見える。
女の甘い匂いと饐えたような汗の臭いが入り混じった、噎せ返るような香りが鼻孔をつく。
女の身体は、柔らかい。
抱きしめられていると、心が落ち着いてくる。
不思議だ。
だから男は、女を求めるのだろうか?
だから十兵衛や山賊たちは、姉を求めたのだろうか?
権太は、おみよをぎゅっと抱きしめる。
おみよも、権太を抱き返してくれた。
権太は母を知らない。
襁褓が取れる前に亡くなったらしい。
姉に育てられたが、甘やかしてくれるような人ではなかった。
だから、女を知らない。
女の身体がこれほど柔らかく、優しく、甘い香りが漂って、高ぶっていた感情の火がゆっくりと消えていくような不思議な感触があるとは知らなかった。
その癖、下半身のほうは火照り、徐々に熱がこもって、病み上がりというのに、あそこが膨らんでいくのである。
慌てて腰を引く。
と、おみよがそれに気が付き、両足で彼の腰を抱きかかえるようにして引き寄せた。
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