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【小説】『鰤大根』 2

 駅前の観光案内所から電話があったのは、1時間ほど前だ。

 電話を受けた従業員の福田梓は、露骨に嫌そうな顔をした。好き嫌いのはっきりした娘である。宿泊客から、いい娘だねと褒められることもあれば、無愛想な従業員だとお叱りを受けることもある。なかなか扱いが難しい。

 その梓が細い眉を寄せているのだから、あまりいい客ではないのだろう。

「女将さん、どうします? 女性一人ですって、1泊ですけど」

 今でこそ女の一人旅も流行っているが、ひと昔前の民宿や旅館は女性一人の宿泊を嫌がったものだ。

 女の一人旅には「失恋」「傷心」「自殺」という言葉が付き纏う。こんな田舎の民宿に泊まりに来るというのだから、なおのことである。

 だからと言って、折角来て頂いた客を無碍に断る訳にもいかない。第一、断る理由があるほど繁盛していない。

 泊めるように促すと、梓は「本当にいんですか」というような顔をした。

「いいのよ。人にはそれぞれあるんだから。そのお客さんは私が面倒をみますから」

 そう、人にはそれぞれあるのだ。人には他人には言えない事情があるのだ。どうしても一人になりたくて、どうしようなく寂しくて、こんな場所を求めてやってくることがあるのだ。

 千鶴が流れ着いたように。

 民宿の前に一台のバスが止まり、一人の女性が下りてきた。

「あら、もう……」

 慌てて明かりを点け、暖房を入れた。座布団の位置を直し、お茶とお菓子の準備が出来ているか確認した。最後に、部屋全体を見渡した。実に寒々とした部屋だ。まだ一般家庭の六畳間のほうが温かみはある。

 夕暮れの立山があれば、まだ見栄えもするのにと思った。

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