ウイルスは人の敵かそれとも味方か
はじめに
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の世界的流行により、多くの人々がウイルスに興味を持つようになりました。私もその一人で、ウイルスとは何か、どのような種類があるのか、どのように進化してきたのかについて調べました。また、新型コロナワクチンの仕組みについても記載しています。
調べた内容は以下の通りです。
ウイルスの定義と特徴
ウイルスの種類
ウイルスの進化と起源
新型コロナワクチン
ウイルスとは
ウイルスは、生物の定義[1,2]に照らし合わせると、生物ではないと言われています。なぜなら、細胞膜のような外界との仕切りを持たず、自己複製を行わず、自己でエネルギーを産生する能力を持たないからです。
ウイルスは他の生物(宿主)の細胞に寄生し、宿主細胞の代謝活動を利用して自己の遺伝子の複製を行います。
ウイルスに感染した宿主に残った、ウイルス由来のDNA/RNAが宿主の進化を変えたという証拠があります。具体的な事例として、哺乳類の胎盤形成に関与するタンパク質や、免疫系の調節に関与する内在性レトロウイルスがあります。これらの変化は、生殖、生存、適応能力に影響を与え、宿主の進化に寄与しています[4]。
生物の3つの定義は下記の通りです[1,2]:
自己増殖能力
エネルギー変換能力
自己と外界との明確な隔離
ただし、ウイルスが生物か非生物かは定義によるもので、[3]では生物か非生物かの議論があると記載されています。
ウイルスの特徴
[3]からウイルスの特徴を抜粋します。
ウイルスは細胞を持たず、細胞質もありません。基本的にはタンパク質と核酸からなる粒子です。
多くの生物は細胞内部にDNAとRNAの両方の核酸が存在しますが、ウイルスには基本的にどちらか一方しかありません。
他のほとんどの生物の細胞は2^n(2のn乗)で指数関数的に増殖するのに対し、ウイルスは一段階増殖をします。また、ウイルス粒子が見かけ上消えてしまう「暗黒期」が存在します。
ウイルスは代謝系を持たず、自己増殖できません。他の生物の細胞に寄生することによってのみ増殖できます。
ウイルスは自分自身でエネルギーを産生せず、宿主細胞の作るエネルギーを利用します。
[3]には興味深いウイルスの図が描かれています:
20面体のもの(例:アデノウイルス)
らせん状のもの(例:インフルエンザウイルス)
頭と胴と足を持つもの(例:バクテリオファージ)
前の2つ(20面体とらせん状)のウイルスはカプシドという殻を持っています。
ウイルスの種類
DNAウイルス
DNAウイルスは、遺伝情報をDNAに持っているウイルスです。DNAウイルスは、自分のDNAの遺伝情報を使って新しいウイルスを作るために、宿主(人や動物)の細胞に侵入します。
特徴
a. 設計図がDNA:遺伝情報がDNAという物質でできています。
b. 宿主の細胞の核で増殖:侵入した細胞の核でDNAを複製して増殖します。 c. 多様な形態と大きさ:ウイルスの形や大きさは様々です。
d. 一部は病気を引き起こす:いくつかのDNAウイルスは、病気や癌の原因になることがあります。
代表的なDNAウイルス
ヘルペスウイルス(HSV-1, HSV-2)
HSV-1: 主に口唇ヘルペスを引き起こします。口の周りに痛みを伴う水疱や潰瘍ができます。ストレスや免疫力の低下で再発することがあります。
HSV-2: 主に性器ヘルペスを引き起こします。性器やその周辺に痛みを伴う水疱や潰瘍ができます。再発しやすく、パートナーに感染させるリスクがあります。
水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)
水痘(水ぼうそう): 発疹と水疱が体全体に広がり、かゆみを伴います。通常は子供がかかる病気です。
帯状疱疹: 体の一部に痛みを伴う発疹が出ます。特に高齢者や免疫力が低下している人に発生しやすいです。
エプスタイン・バーウイルス(EBV)
伝染性単核球症(キス病)を引き起こします。また、一部の癌(バーキットリンパ腫、鼻咽頭癌)と関連しています。喉の痛み、発熱、リンパ節の腫れ、疲労感などが現れます。症状が長引くことがあり、まれに重症化することもあります。
RNAウイルス
RNAウイルスは、遺伝情報をRNAに持っているウイルスです。RNAも、DNAと同じように遺伝情報の役割を果たします。RNAウイルスも、人や動物の細胞に侵入して、新しいウイルスを作ります。
特徴
a. 設計図がRNA:遺伝情報がRNAという物質でできています。
b. 細胞質で増殖:多くは細胞質でRNAを複製して増殖します(一部は核内で増殖します)。
c. 高い変異率:RNAは複製時にエラーが起きやすく、変異しやすいです。
d. 人獣共通感染症の原因:多くのRNAウイルスが、動物から人に感染することがあります。
代表的なRNAウイルス
インフルエンザウイルス(A型、B型、C型)
毎年流行する季節性インフルエンザを引き起こします。特にA型は変異しやすく、大規模な流行(パンデミック)を引き起こすことがあります。高熱、咳、喉の痛み、筋肉痛、頭痛などが急に現れます。重症化すると肺炎や他の合併症を引き起こし、生命に危険を及ぼすことがあります。
コロナウイルス(SARS-CoV-2)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすウイルスとして知られています。感染すると、発熱、咳、息切れ、味覚や嗅覚の喪失などの症状が現れます。重症化すると肺炎や多臓器不全を引き起こし、多くの人々が亡くなりました。
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)
逆転写酵素を持つレトロウイルスで、後天性免疫不全症候群(AIDS)を引き起こします。免疫力が低下し、さまざまな感染症や癌にかかりやすくなります。現在は抗レトロウイルス薬によって病気の進行を遅らせることができますが、完治は困難です。
ウイルスの進化と起源
ウイルスの起源については、まだ完全に解明されていませんが、いくつかの理論が提案されています。以下に主要なウイルス起源説について説明します[5]。
進化的退行説(退化説): この説では、ウイルスは元々自己完結型の生物であり、進化の過程で代謝能力や自己複製機構を失ったとされています。つまり、ウイルスは独立して進化した生命体の退化した形態として捉えられています。
細胞由来説(逸脱説): この説では、ウイルスは細胞の一部として進化したとされています。具体的には、細胞内の遺伝子断片や転移性遺伝子から生じたと考えられています。ウイルスは細胞から「逸脱」し、独自の感染と複製戦略を発展させたとされています。
RNA世界説(共進化説): RNA世界説は、ウイルスの起源をRNAに関連付けています。この説によると、初期の生命形態ではRNAが主要な遺伝子情報の保持と酵素反応の触媒を担っていました。ウイルスはこのRNAベースの生命の一部として進化し、後に細胞ベースの生命と並行して(共進化)、独自の感染と複製様式を確立したと考えられています。
これらの理論は互いに排他的ではなく、ウイルスの多様性を考えると、異なるグループのウイルスが異なる起源を持つ可能性もあります。ウイルスの起源についての研究は現在も進行中であり、今後の科学の進歩によって、ウイルスの起源と進化についてのより詳細な理解が得られることが期待されています。
おわりに
ウイルスは宿主に自分の遺伝子(DNAまたはRNA)を挿入し、宿主の細胞機構を利用してウイルスタンパク質を作らせます。もしそのタンパク質が疾病(例えば、新型コロナウイルスによる呼吸器障害)を引き起こすものであれば、宿主は重症化し、死に至ることがあります。
ウイルスは疾病の原因となるため、しばしばヒトの敵と見なされます。しかし、この見方には問題があります。
全てのウイルスが病気を引き起こすわけではありません。実際、ヒトの体内には多数の無害なウイルスが存在します。一部のウイルスは、宿主の進化に寄与しています。例えば、哺乳類の胎盤形成や免疫系の調節に関わる内在性レトロウイルスの存在が知られています。医学の分野では、ウイルスを利用した治療法(例:ファージ療法、遺伝子治療)が研究されています。生態学的視点では、ウイルスは生態系のバランスを維持する役割を果たしています。つまり、ウイルスを一括りにして「善」や「悪」と判断することは適切ではありません。ウイルスは自然界の一部であり、その影響はその視点によって異なります。ウイルスの研究は、生物学の理解を深めるだけでなく、医学や薬学や生態学の発展にも貢献していると思います。
補足:新型コロナワクチンについて
新型コロナウイルス[7]に対するワクチンには主に2種類があります。mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンとアデノウイルスベクターワクチンです。
mRNAワクチン(ファイザー・BioNTechやモデルナなど)は、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を作るmRNAを直接体内に投与します。この mRNA は、人体の細胞内でスパイクタンパク質を一時的に産生させ、それに対する免疫反応(抗体や細胞性免疫)を引き起こします。mRNAワクチンの開発における主な課題の一つは、mRNAが体内で速やかに分解されることでした。これに対処するため、研究者たちはmRNAの一部のウリジン(RNAの構成要素の一つ)を、化学的に修飾した「N1-メチルシュードウリジン」に置き換えました。この修飾により、mRNAの安定性が向上し、より効率的にタンパク質を産生できるようになりました。また、この修飾はmRNAが体内で異物として認識されにくくなり、不要な免疫反応を減らすことにも役立ちました。
一方、アデノウイルスベクターワクチン(アストラゼネカやジョンソン・エンド・ジョンソンなど)は、スパイクタンパク質の遺伝情報をアデノウイルスに組み込んで接種します。このタイプのワクチンでは、稀ではありますが重篤な副反応として血栓症(特に脳静脈洞血栓症)が報告されています[8]。
アデノウイルスベクターワクチン対し、mRNAワクチンではこの副反応のリスクは極めて低いとされています。どちらのタイプのワクチンも、接種されたmRNAやベクターウイルスは体内で一時的に機能し、その後分解されます。現在は、このmRANが体内に長期的に残存する証拠はないと言われていますが、継続的な観察が必要と思われます。
参考資料
[1]生物の「3つの定義」を知っていますか?【書籍オンライン編集部セレクション】 | 若い読者に贈る美しい生物学講義 | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)
[2]生物 - Wikipedia
[3]ウイルス - Wikipediaウイルス - Wikipedia
[4]ほ乳類の胎盤の多様性に古代ウイルスが関与する -母子由来細胞を融合させる新たなタンパク質「Fematrin-1」の同定- | 京都大学 (kyoto-u.ac.jp)
[5] ウイルスの進化 - Wikipediaウイルスの進化 - Wikipedia
[6]「何百万人もの命救った」とカリコ氏らを高く評価 130億回投与の新型コロナワクチン開発、今年のノーベル生理学・医学賞 | Science Portal - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 (jst.go.jp)
[7]新型コロナウイルス感染症 (2019年) - Wikipedia (記事見出しの図の出典)
[8]COVIDワクチンと血栓症:これまでに分かったこと | Nature ダイジェスト | Nature Portfolio (natureasia.com)