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揺れるスカート【②】

何かで汚されたスカートは私の体にまとわりついて、下半身は酷く不快だった。帰らなきゃ…そう思うのに身体が言うことを聞いてくれない。
呼吸が浅い。息をしろ!立て!そう何度も言い聞かせてみたけど、やっぱりうまくいかない。
なんか…もぅいっか…。そう思ったら少しだけ心が楽になって、目に映るものを認識出来るようになった。
ここは…どこ…?完全に行動範囲外の見知らぬ土地。まるで、夢の中にいるようだったけど、体のあちこちが痛かった。

目の前の道路をただただボーッと見つめていたら、雨の日なのに凄くきれいな白いスニーカーが目に入った。それと同時に私の周りだけ、雨がやんだ。
「ねぇ」という声に身体がこわばる。雨をやませたその人は、着ていたパーカーを私にかけてくれた。ぬくもりが体を包んだ瞬間、何かがプツンと切れた気がした。それでもまだ何かをする気力もない。「警察いく?」と聞かれた気がするが、なんて答えたのかも覚えていない。

 ここから先の記憶は曖昧だ。きっと、警察には行きたくないと答えたのか、首を振ったか、黙っていたかしたんだろう。気づいたときには白いスニーカーの人につれられて、お風呂に入るように促されていた。
知らない人の家。でも、体を洗いたかった。体中の変な匂いを取りたくて、言葉も発しないまま風呂場を借りた。
熱いシャワーを浴びた途端、パーカーを借りたときに切れたものが、やっとなんなのか分かった。恐怖の糸。
私はパーカーをかけられたとき、安堵したのだ。あの苦痛は終わったんだと体は理解してたのだ。シャワーを浴びて、頭でも理解できたとき、私ははじめて、泣いた。泣き叫んだ。
どのくらいの時間、浴びていたんだろう。本当は擦り切れるくらい体を洗ってやりたかったけど、それ以上に体に触れることが痛くて、擦ることすらままならなくて…泣きながらただただシャワーを浴びた。

十分に温まり、脱衣所に出ると真新しいスウェットがおいてある。「さっき買ってきたやつだから使って」というメモが畳まれたスウェットの上に添えてあり、優しさが嬉しくて、私はもう一度、少しだけ泣いた。

ボロボロの制服は、スニーカーの人が、真っ白に洗ってくれた。乾燥機があり、15分もしたら、もう一度着れるくらいになっていたが、袖を通したくなくて断った。畳まれた制服を袋に入れてもらって、スニーカーの人が近所まで車で送ってくれた。
名前はなんていうのだろう。お礼をしなきゃいけないな…なんて考えていたのが伝わったのか、運転しながらその人はぽつりぽつりと話し始めた。

ひとみさんと言うらしい。年は私の一回り上で、薬局勤めだそうだ。そして、私が座り込んでいたのは、2つ隣の街で車なら20分しないで家まで行けると教えてくれた。
黙って聞いていると、ひとみさんは私の手を握った。
「警察行くなら一緒に行くけど、本当にいいの?」
強く握られた手を握り返して、大丈夫。と私はひとみさんに笑顔を向けた。
笑うと可愛いのね、なんて笑って言ってくれたひとみさんが、世界一可愛いと思った。

家に帰ると家の中はまだ暗かった。姉も母もまだ帰ってきていないようだ。都合がいい。今後のこと考える時間が出来た。
まず、母や姉に、もちろん他の家族にも、今日のことは言わない。傷つけるだろうし、正義感の強い姉に関しては、自分を責めてしまうだろう。幸い大きな傷はない。腕にある赤い跡は友達とふざけていたらできたものと答えよう。私からは何も言わない。
普通に、普通に過ごそう。

10月。
生理が来て安心した。そして…私は男の人の声が怖くなったことに気付いた。低い声。でも、それと同時にその声に優しくされたくなった。
怖い思いをしたのに、男なんて無理だ!ってなる人もいるだろうに、私は、上書きを望んだ。
初めてのソレは痛くて怖くて、相手もわからない。次は、好きな人に可愛いと愛でられながら、目を見てもらって、痛くないことがしたい。
この感情が私を強く突き動かした。

中学3年になったとき、そのチャンスがやってきた。
上書きのチャンスだ。クラスで人気者だった男の子に告白された。周りのみんなも、性的なことに興味を持ちだした時期であり、上書きできるかもしれない…とふっと思った。
好きでもなかった彼の告白を受けて、その一ヶ月後、私は上書きに成功した。

そこからは…もう、上書きを続けるだけの行為になった。
私にはこれしかない。これをしないと私は汚されたままになってしまう。私が生きる術はコレなのだ。
もはや、まともではない。そう気づくのに何年もかかった。



今、私は25になった。
私を助けてくれた、ひとみさんと同じ年齢。
その年の誕生日には、白いスニーカーを買った。
青い傘はもう買わない。
スカートは…制服以外では20歳まで履くことはなかった。

空が青い…と見上げたとき、フラッシュバックすることもある。ホテルで真っ暗にれたら、泣きそうになることがある。背後から「ねぇ」って言われると、怯えてしまうときがある。

それでも私は今を生きてる。
なんなら、今ではセックス好きの変態でもある。
上書きを繰り返すうちに、愛される行為であると知れたから。愛してほしいと願うとき、私は一番に「抱いてほしい」と思ってしまう。

私はあなたに愛されたい。
どうか私を愛してください。

そう思える相手には、心の底から甘えてしまう。あのとき、9月末にされなかったことを、目の前の人とシたいと、強く願ってしまう。
これがくそったれな発想であり、貞操観念みたいのが欠落してるのもわかっている。が、覆すだけの材料が、私にはまだない。

これは、これでいいのだろう。
あの日、死ななかった私を褒めてあげよう。
そのあと、死ななかった私を愛してあげよう。





暗闇が嫌だ。
顔が見えないのは嫌だ。
押さえつけられるのは…怖い。

暗闇なら、愛を囁いて。
顔が見えないなら、愛を囁いて。
押さえつけるなら…愛して。



 ※数年前に、心を整理するために書いた文章を少しだけ直して載せました。一部フィクションです。

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