アウトプットがもたらす副産物と幸せの定義
地域によっては自粛解除も始まり希望の光が見えてきましたが、自粛期間中の生活にも終わりが見えてきました。
元の生活に戻れるのか否か、期待と不安が入り混じる今、自粛期間中に勉強したりなにかを始めた人は多いかと思いますが、私も自粛前から記事を書き始めた1人です。
記事を書く事が思っていた方向とは違う事にも影響がありました。
アウトプットの副産物
インプットも大事ですが、アウトプットをしてみて感じた事は自分の頭がスッキリした事が1番驚きました。
記事を書く事で頭に溜まっていたものが出ていくようなそんな感じです。
ストレスの溜まる時期こそアウトプットで頭をスッキリできた事は予想外のプラス要素でした。
人は出さないと体調を崩す生き物だ
食べたら出る物は出る。
自然としていることでも身体も心も一緒なのに身体は自然と出来ても心は無意識に出す事が出来ていないと痛感しました。
頭で考えた事を出す事がこれほどまでにストレス発散に有効だということに気付けたのは自粛期間と記事を書く時期が被った今だからこそ気づけた事です。
自分の考えを人に伝えるのは難しいですが、日記にせよnoteにせよただ書く事は難しくないです。
この出すという行為が人の心に与える影響はかなり大きいです。
しかし、実感を得ないと気づけないということも今の私にはわかります。
この時代だからこそ自分の頭の中を曝け出せるというメリットを皆様にも気づいて欲しいです。
アウトプットを始めた私が気づいた事
なにかを書く。発信することは誰にでもできることですが、誰もがやっていることではないです。
しかし、 発信する事は誰かに影響を与える事ではなく、自分の心を整理する道具に出来ます。
鬱憤がたまる今、私が幸せな気持ちで生活出来ている1つの要因に発信がある事を気づけたのは自粛のおかげでもあります。
ネガティブな事が多い時でもポジティブな事は必ずどこかにあります。
政府の対応に不満もあります。
人々の無責任な行動に思うところもあります。
しかし、どこかにこれがあったから良かったと思えるところは必ずあるのです。
悪いところが目についても良いところを探す日々を送る事が何より幸せなのかなと感じたこの2ヶ月でした。
それではまた。