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エターナルライフ第16話 Luna 美里

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性的な表現が含まれます


昨日の天気が嘘みたいにピッカピカの快晴になった。朝の太陽が一面の銀世界をキラキラと輝かせている。

「ねえねえ、外に出てみようよ」
「寒いぞ」
「早く、早く」
二十センチくらい積もっている。真っ白な雪の上をサクサクと足跡を付けながら歩いて行く。風が吹くと雪はサラサラ舞い上がる。
「なんで雪がこんなにサラサラなの?」
「気温が低いから。気温が低いと雪の水分量が少なくなるんだ。街に降る雪と全然違うだろ」
雪をぎゅっと固めて前を歩く彼にぶつけた。
「痛て、やったなあ」
雪合戦が始まった。
私は逃げる。彼が追ってくる。私は躓いて雪の上に倒れてしまう。
大の字になって雪の上に寝てみた。真白く弾む息が青空に溶けていく。彼がやって来た。
両手を挙げて、起こしてって言った。差し出された彼の手を思いっきり引っ張った。よろけて私の上に覆い被さった彼の身体に両手両足をギュッと絡めた。彼はそのまま私を持ち上げて歩き出す。雪原に私たちの笑い声が響く。
「コアラみたい」
「でっかいコアラだなあ」
私は彼のほっぺにチュってキスをした。

昨日の晩から私たちは新しい世界を生きている。
彼の命が残り少ないことを聞かされた時、私は寝室に閉じこもって自分の運命を呪った。
もし神様がいるのだとしたら、何てひどいヤツなんだと。そいつは私から大事な人を次々に奪っていく。パパもママもおばあちゃんもさくらも、そしてやっと出会えた愛しい人も。

ひとしきり泣いた後、私自身も、もし彼が助けてくれなかったら既にこの世に存在しないことに思い至った。
人の命は有限だ。どんな人にでも死は必ず訪れる。パパやママは不慮の事故で突然いなくなってしまった。ありがとうもさようならも言えずに逝ってしまった。
それを考えれば、期限が示されているということを逆手にとって生きることだってできる。思いっきり濃い時間を生きてやる。

そして、私を焦らしていた彼の私に対する距離の取り方。それが彼の優しさだったことに思い至ったとき、感謝の思いが込み上げてきた。
私を愛してくれていながら、自らの死の影に怯えもせず、私のために沈黙していた。どんなに辛かったことか。
そして、その思いは私に使命感とも呼べるものを呼び起こした。
私が彼を支えてみせる。毎日を精一杯生きて、残された日々を黄金のような輝きで満たしてみせる。


夕食を済ませてお風呂に入り、寝室で髪を乾かした。そして居間に戻ろうと照明を落として気がついた。大きな窓にかかったカーテンの向こうがやけに明るい。
そっとカーテンを開けると大きな月が白銀の世界を青く照らしていた。
私はしばらくそこから動けなかった。なんて美しいのだろう。冴え渡る冬の大気を通して光は惜しげも無くこの地上に降り注いでいた。
カーテンを全開にすると、部屋の中にその光が満ちて私の影をベッドの上に濃く投じている。静寂が支配する雪原に何か動くものがあった。ふかふかの尻尾のキツネだ。

私は彼を部屋に呼び入れた。そして、その優しくも凜とした光に包まれながら、並んで窓の外を眺めていた。
そのとき、天啓のようにひらめくものがあった。彼と出会い、そして結ばれて、今ここに一緒にいることは決して偶然ではない。約束されていたんだ。

私を見つめて彼が言った。
「ねえ、服を脱いでみて」
「えっ、ここで?」
「そう」
カーテンを閉めようとする私を制して彼は言った。
「月の光に照らされた君が見たい。大丈夫、外には誰もいないよ」
「キツネさんがいるんだよ」
「キツネに見られたって平気さ」
私はベッドに座って着ているものを一枚ずつ脱いでいった。
立ってごらんと彼に言われて立ち上がる。私はちっとも恥ずかしくなんかなかった。
見て、これが私。

窓際に立った彼は、その視線を私の全身にそそぎながら聞いた。
「スペイン語で月のことを何て言うか知ってる?」
「知らない」
「Lunaって言うんだ。ローマ神話の女神の名前だ」
「Luna」
「そう。君は月の女神だ。何て美しいんだ」
彼がギュッと抱いてくれる。私は背伸びをしてキスをねだった。
「あなたも脱いで」
「えっ、恥ずかしいな」
「何言ってるの。男のくせに」
「君は自分の身体に自信があるだろう。俺には無い。腹はたるんでいるし、身体は傷だらけだ」
「私だって自信ないよ。胸小さいし」
「君の胸は綺麗だよ」
「いいから早く脱いで」
私は彼のパジャマのボタンを外していった。傷だらけの厚い胸板が現れた。私は筋肉が盛り上がる胸や肩、血管の浮き出る腕に指をなぞらせて言った。
「素敵。古代ギリシャの彫像みたい」
そして私たちはまた抱き合ってキスをした。彼の大きくて温かい手が私の背中からお尻を這う。
「ねえ、見せて」
私は跪いて彼のパジャマのボトムを下着ごと引き下ろした。そして、屹立する逞しいものを両手で大事に抱えながらそっとキスをして口に含んだ。彼がくぐもった声を上げながら私の髪を撫でる。

ねえ、どうして? 本当にあなたの命は燃え尽きようとしているの? 私を軽々と持ち上げて雪の中を歩いたり、ベッドに運んでくれたり…。
こんなに剛健な逞しい肉体を持っているのに…。

彼はゆっくり時間をかけて私を愛でてくれる。月の光が私の身体を美しく照らしてくれるように願いながら、私は彼の導きに身を委ねた。
窓から皓々と差し込むその光は、筋肉の盛り上がる彼の身体に濃い陰影を刻んでいる。
愛されている。その歓びが身体中を突き抜けて、私は頂きを駆け上り、空高く舞い上がる。

彼の厚い胸に頭を乗せて甘い余韻の海にたゆたっていた。彼の温かい手が私の背中を撫でる。このまま時が止まってくれればいいのに。

「ねえ、今度また温泉に行きたいな」
「温泉か。いいね」
「ねっ、たくさん思い出を作るの!」
「そうだな。そうしよう」
「それと、明日あなたのベッドをここに持ってこようよ」
「ああ、君が良ければ」
「昨日、私はベッドから落ちそうになって何度も目が覚めちゃったんだから」
「それで自分のベッドに移ったのか。目が覚めたら居なくなってた」
「寝相が悪いんだから、この子は」
私は人差し指で彼の鼻を小突きながら笑った。彼は微笑みながら左手を私の頬に添えて言った。
「君の瞳の中に月が輝いている」
私たちはそっと唇を重ねた。

「ねえ、もし話したくないのならいいんだけど、そのあとのことを教えて」
「そのあとって?」
「あなたの家族が亡くなって、そのあと。あなたはどうなったの?」
「ああ、俺はそこで意識を失ってしまったんだ。激しく失血してたからね。気がつくと病院のベッドの上にいた」
彼は長い物語を語り出した。


エターナルライフ第17話 1977年~1979年


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