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エターナルライフ第20話 光 康輔

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性的な表現が含まれています

彼女を浴槽に立たせ、手すりに上体を預けさせた。
そして、掲げられた尻から静かに埋めていった。
火照った身体に潮風が心地よかった。朝日が彼女の髪を金色に染めている。
瞬時も休むことなく波は寄せ、そして引いていく。
一日の始まりを告げる鳥たちの歌が潮騒と交じわる。
俺は指の甲を口元にあてて耐えている彼女の腰をかき抱きながら、己の律動が大自然の営みの、そのリズムと合一していく感覚に奮えつつ、昇りゆく太陽に向かって放った。


旅から帰った数日後、俺は街に出かけた。病院の定期検診を受けに行く必要があったからだ。その帰りにオーダーした結婚指輪を受け取り、デパートの地下街で食料品を買い込んだ。

彼女は食品をテーブルの上に並べながら言った。
「凄いご馳走。私、鴨のロースト大好き!」
「じゃあ、指輪を交換して乾杯しよう」
「あっ、こういう時ってなんて言うんだっけ? 映画の結婚式のシーンで神父さんが言うヤツ。幸せなときも辛いときも支え合って永遠の愛を誓いますか? みたいな」
「ああ、いいよ別に。神父さんもいないし」
「言ってよ。幸せなときも辛いときも支え合って永遠の愛を誓いますか?」
「誓います」
「私も誓います」
指輪を交換して乾杯する。
「さあ、食べよう。腹が減った」
俺はグラスのビールを飲み干し、小皿にサラダを取り分けている彼女に言った。
「実はね、いいニュースがあるんだ」
「何?」
「今日病院で定期検診があったんだけど、癌が少し縮小していたんだ」
「えっ!ホント。凄い!」
「医者が首をかしげて、他で何か治療を受けてますか?って聞くから、実は結婚しましたって言っといた」
「治るよ、治る! 絶対治そう!」
彼女は目に涙を浮かべながらそう言った。

夜、俺たちは気怠い余韻の中で静かに抱き合っていた。俺の腕を枕にして俺の胸を撫でながら彼女は言った。
「私ね、いいこと考えたんだ」
「何?」
「あなたのお金のこと」
「お金?」
「前に新聞で読んだんだけど、あなたが最初に渡った国、ブラジルではたくさんのストリートチュルドレンがいて、窃盗や略奪を繰り返している。そうした彼らを警察が簡単に殺している。そんな現実があるんでしょ?」
「ああ、確かにそうだね」
「彼らを救うためにそのお金を使おうよ。」
「どうやって?」
「よくわからないけど、そういう運動をしている団体があるでしょ。そこに寄付するの」
「ああ、だけど俺は君に残したいんだ。まだ治った訳じゃ無いし、その可能性は低いだろう」
「ダメ、そんなんじゃ。絶対に治すって、あなたが決めなきゃ」
「わかった。でも、たとえ治ったとしても確実に俺が先に逝く。あと二十年経っても君はまだ四十五歳だ」
「別に全額じゃ無くたっていいのよ。それに、私にはこの家があればいい。あなたが居なくなっても私はひとりでここで暮らしていくよ。ここでできる仕事を探す。フリーのデザイナーになりたいな。そして野菜を作って、魚を釣って…。そうだ、魚の釣り方を教えて」
「ウサギの撃ち方は?」
「それは遠慮しとく」
「そう、残念だな。でも支援団体って心当たりあるの?」
「明日、図書館に行って調べてみよう。きっとあるよ。子供達が犯罪に手を染めるのは環境のせいだわ。そうしなくては生きていけないから。その環境を作ったのは大人達なのに」
「優しいんだな、君は」
「あなたは南米の人々のために革命に命をかけて、挫折したって言ってたでしょ。暴力では何も解決しなかった。でも、あなたがこのままで終わってしまうのはいや。人生をかけた夢を挫折したままにして欲しくない。その夢を別のアプローチで実現するのよ」

それは素敵な考えに思えた。まだ自分にもできることがあるのか。
「それにね。それは私たちのためでもあると思うの。真っ暗な夜道をふたりで歩いていてね、連れの人が危なくないように足元を灯りで照らしてあげるの。そうしたら自然と自分の前も明るくなる。昔おばあちゃんが教えてくれた。日蓮という人の言葉だって」
「なるほど」
「サンドラさんが教えてくれたトルストイの言葉もそういうことでしょう。人に尽くすことによって自分自身が救われる。
あなたは私のSol。私に命を与えてくれて、私の人生に光を送ってくれた。でもそれで、あなた自身も元気になったでしょ。今度はその光をもっと多くの人に届けるの」

地元の図書館で資料は見つからず、県庁のある大きな街の図書館で何冊かの資料を借りた。
家に戻って連絡先のわかったふたつの団体に手紙を書いた。資料は古く、それらの団体が今も存続しているかどうかもわからなかったが、約二週間後に両団体から返事が来た。
そのひとつは活動の内容が記された立派なパンフレットに支援金の振込先が書かれていたが、政治的な偏りを感じさせるような内容だった。もうひとつの方は手書きの手紙だけだったが、その文面からは誠実さが滲み出ていて好感が持てた。
「どう?」
「うん。よくわからないな。行ってみるか?」
「ブラジルに?」
「そう、新婚旅行第二弾だ」

俺たちはブラジル行きの準備に取りかかった。そう、ブラジルに行くのなら…。
あらゆる引き出しを引っかき回して漸く見つけた。
あの日、ホセが母親のために買ったバレッタ。表面に小さな白い花がデザインされている安物の髪留め。
一緒に俺のリュックに入れておいてくれと頼まれて、そのままになってしまった。
まだ存命かどうかわからないが尋ねてみよう。


エターナルライフ第21話 リオデジャネイロ 美里


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