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ドキュメント『ヤマフル』 試験的醸造再開 その全仕事(1)

本稿は2003年4月にサイト『九州焼酎探検隊』で公開したコンテンツの再構成版です。

佐賀県唐津市にある鳴滝酒造株式会社さんが取り組んだ
江戸時代からの伝統を誇る正調粕取焼酎、その再蒸留についての詳細な記録。
「Folk Wisdom」という主旨から再度掲載させていただきます。

壱・その発端 2003.04.28 by 猛牛


■それは、一通のメールから始まった・・・。

4月5日の昼下がり、関東のとある酒販店大将より、一通のメールが届いた。

Date: Sat, 5 Apr 2003 13:18:02 +0900
牛様

**酒店です。

本日付合いのある小さな居酒屋店主が、「今度さぁ~、昔ながらのカストリ焼酎を店でお客に飲んで貰おうと思っていて・・・売れないかもしれないけど、“幻”や“こだわり”じゃない地焼酎を・・・」と相談され、先ほど佐賀の鳴滝酒造株式会社さんに問い合わせてみたら、送って下さると言っていました。

話しの途中、牛さんのことも話題に出て、今年10数年振りに仕込みも行なったそうです。昔の貯蔵酒に少しずつブレンドして行くと言っていました。

35度・25度と取り寄せましたので、少しは売れるかと思います。
とりあえずお知らせまで。

「今年10数年振りに仕込みも行なったそうです」・・・この一文を見て、わては驚きと喜びで、脳内が騒然となってしまった。

昨年夏以来、これまで「粕取まぼろし探偵団」を構成するDr.けんじ氏goida隊員の3人で収集してきた情報は、その多くが悲しいものであった。

蔵の廃業、または銘柄そのものの終売によって、正調粕取焼酎の多くがこの地上から消えて去ってしまっていたのである。現有銘柄についても、市場や製造上の事情によりいつその命脈を断たれてもおかしくはない環境にある。

しかし、このご時世に、あえて籾殻と普通酒粕で正調粕取焼酎を醸そうというのだ。

◇   ◇   ◇

さっそく、10数年ぶりの醸造再開という飛んでもないビッグニュースを確認すべく、昨年Dr.けんじ氏の執筆によってアップした『ヤマフル』の蔵元、佐賀県北部の港町・唐津市にある鳴滝酒造株式会社さんへとメールを放った! ・・・そしたら、

正調粕取焼酎『ヤマフル』35度

Date: Mon, 7 Apr 2003 18:07:51 +0900

九州焼酎探検隊 猛牛様

 メールありがとうございます。
 早速ですが、お問い合わせ頂きました「ヤマフル」の仕込みについて、散逸しておりました道具類の修繕から始まり、手探りの中のもろみ管理を経て、現在ようやく蒸留まであと数日というところまでこぎつけております。

 この本年分の「ヤマフル」の仕込みについてですが、弊社では本年の醸造を、あくまで試験的醸造と位置付けております。幸いにしてここまでのもろみ経過は極めて順調な推移を見せておりますが、はたして製品として消費者の皆様にご満足頂けるものができるのか、蒸留を終了し、一定期間品質の推移を見守ってからではないと判断できないと考えております。

(中略)

本年粕取焼酎製造を再開するにあたり、当初は、九州焼酎探検隊の皆様にお声がけして、もろみの発酵状態や蒸留の様子を見て頂ければとも思っておりましたが、前述しました通り、弊社にとって久方ぶりの製造で、果たしてうまくいくかという不安があった事、また、弊社の醸造法に問題があった場合、九州焼酎探検隊のホームページ等を通して多くの皆様に粕取焼酎に関して誤った認識を抱かせる危険性がある事等を考慮して、本年はご連絡を控えさせて頂きました。

 本年の仕込みに関しては、詳細な、もろみの温度・ボーメ・酸・アミノ酸・アルコール等の変化の記録をとっておりますし、日々のもろみの状貌の変化や作業風景なども写真データとして蓄積しております。これらのデータについては公開するに何の問題もありませんが、それも本年の仕込みで上品質の正調粕取焼酎が採れてからの事と考えております。

 まとまりのない文章にて、申し訳ございません。以上のような状況をご考慮頂き、現時点での仕込みの詳しい情報の公開は控えさせて頂ければと存じます。

もちろん、「ヤマフル」に関して、本年試験的に醸造を再開したといった程度の、大まかな情報をホームページに載せて頂くのは、一向にかまいません。伝統文化としての正調粕取焼酎を大切に思うがゆえの事と、どうかご了承頂きますようお願い申し上げます。

 本年の蒸留が成功しましたら、来年は仕込みの規模を大きくし、本格的な醸造に取り組みたいと思っています。その際には、九州焼酎探検隊の皆様に、もろみの仕込み初日から、最後の蒸留まで、ご都合のつかれる範囲でぜひ弊社に粕取醸造の現場を見にきて頂ければと考えております。その際には、醸造計画ができた時点でご連絡させて頂きたく存じております。

勝手なことばかり記しまして申し訳ございません。(中略)猛牛様はじめ皆様の、益々のご活躍を祈念致しております。

                  鳴滝酒造株式会社  古舘 正典

と、同社の古舘正典氏より、極めて丁寧かつ真摯な返信を頂戴したのだった。

試験的とは言え、こういう機会に遭遇するのは、もう二度と無いかもしれない。確かにわてはその現場に立ち会いたかったが、古舘氏のお考えもとても理解できる。なにせ10数年ぶりに着手する事業だ。慎重に事を進める造り手としての誠心に、わては現場乱入を諦めたのだった。

来年を待つしかなひ。

ところが、また古舘氏より急報が届いた!

Date: Wed, 9 Apr 2003 10:54:32 +0900

九州焼酎探検隊 猛牛様

 先日より、ご丁寧なメールありがとうございます。
 とり急ぎご連絡申し上げます。
 本日、もろみにアルコールの戻りが見られましたので、蒸留開始を急遽決意いたしました。現在初釜の蒸留中ですが、非常に香りの良い粕取りが採れております。

 今回の蒸留は、本日、明日、明後日の3日間で行う予定です。平日のことでご無理かと存じますが、現場を見られるご希望があればと思いご連絡させて頂きました。万一探検隊の皆様でご覧になられる方がいらっしゃいましたら、高品質の焼酎が採れている現在、弊社としてはなんの不都合もございません。

 データ不足の中の醸造にて、ご連絡が本日になり申し訳ございません。
 以上、とり急ぎご連絡申し上げます。

                 鳴滝酒造株式会社  古舘 正典

 事態は好転したのだ。古舘氏が危惧していた久方ぶりの醸造であるが故の未知数の領域を突破して、質の高い粕取焼酎が蒸留器からほとばしり始めたのである。が・・・

わては行けない。なにせ平日、仕事の最中である。サボって唐津まで駆けつける訳にもイカンのだ。

草の根メディアの当隊が行けないなら、よし! 今回の歴史的(まじにそう思っている)な試験的醸造再開の情報をちゃんとしたメディアにお知らせし、公的記録を残せればと思ったんである。わてが面識をいただいているあるところに、すぐさまメールを飛ばした。

そしたら、ぬぅあんと、そのメディアのNo.2の人物が折しも佐賀県内で取材中だったのである!! 素晴らしいタイミングだっ! さっそく4月11日に蒸留現場取材が決定する。立ち会えないわてにとって、こんな嬉しい巡り合わせは無かった。

Date: Thu, 10 Apr 2003 13:51:52 +0900

九州焼酎探検隊 猛牛様

 この度は、大変お世話になっております。
 所要と焼酎蒸留に追われ、ご連絡が誠に遅くなり申し訳ございません。

 先程「****」様よりご連絡を頂きまして、明日10時からご取材頂く事になりました。当方もそれに時間を合わせ、一番最初の工程から見て頂くつもりです。お取次ぎ頂きまして、誠にありがとうございました。

 猛牛様は「****」様の方から蒸留風景などのデータを受け取られるかとも思いますが、弊社でストックしておりますもろみの仕込から蒸留までの写真データを、後日MOか何かで送らせて頂きます。ご必要があれば、HP等でご活用頂ければと存じます。

 現在も本年の醸造は試験的なものであるとの位置付けは私の中では変わりませんが、現在蒸留している焼酎の質から見て、恐らくものになるものと信じております。これからもお力添え頂きますようお願い申し上げます。
 この度は誠にありがとうございました。

                  鳴滝酒造株式会社  古舘 正典


というわけで、前置きが長くなったばってん。これからお届けするのは、古舘正典氏の記録を元に、仕込みの開始から蒸留終了まですべてのプロセスを順に追ふ、正調粕取焼酎『ヤマフル』の試験的醸造再開のドキュメントである。

わて宛にお送りいただいたMOの中には、自己紹介としてのご自身のポートレイトに始まり、各段階を撮影した多数の画像と説明のコメント、仕込みの数値的データ、『ヤマフル』の販売数量の推移などなど、実に詳細な情報が含まれていた。

今回、試験的醸造再開を決断し、陣頭指揮を取られた鳴滝酒造株式会社・専務取締役 古舘正典氏
(2003年当時)

それらの情報を元に、わてが再構成しご紹介させていただく本ドキュメント。

ただし、古舘氏が実践された今回の試験的醸造における数値や手法などは、あくまでも鳴滝酒造さんでの一例に過ぎず、絶対的なものでは無いことをお断りしておきます。またあくまでも今回は試験であり、本格的な再開では無いことも申し添えさせていただきます。


■古舘氏の決断は、わてらにとって誇りであります。

というわけで、この前説の〆として、MOのコメント用ファイルの冒頭にあった古舘氏の一文をご紹介して本編へ進もぉ~。その一文とは、古舘氏が今回の試験的醸造再開を決断された理由について述べられていたものである。

再醸造前の「ヤマフル」の状況については、2002年3月現在で、35度商品が在庫2年分を割り込み、商品終売にするか、再醸造を行うかの決断に迫られていました。

当初の気持ちは、「年々売上げも落ち、一部の高齢者や奈良漬、梅酒用に使われている程度なので、終売でいいか」程度の気持ちでした。

ところが、ふと、以前「九州焼酎探検隊」より「ヤマフル」に関してお問い合わせを頂いた事を思い出し、久々に(すみません!)HPをのぞいてみて、現実に、正調粕取焼酎が風前の灯火となっていることを「実感」しました。

それでも当初は、「時代の流れ」でしょうがないという気持ちが強かったような気がしましたが、徐々に「このまま消え去らせていいのだろうか」という気持ちが強くなり、甘くてふくらみがあり包容力のある、天に登る途中に漂うような(個人的イメージです)正調粕取焼酎独特の香りを強烈にイメージしたのです。

そして、先人より受け継がれてき、現在風前の灯となっている郷土の伝統文化を、自分自身が偶然酒屋に生まれたことで後世に伝えうる立場にある事にあることに気付いた瞬間、何が何でも「ヤマフル」を再醸造する事を決めました(後で原価計算をして、とても儲からない事を知りましたが・・・)。

再蒸留を決意した動機を自分なりに分析すると、こうなります。

●郷土の伝統文化を、後世に伝えたい(80%)
●近所のじいちゃん達に、さみしい想いをさせたくない(2%)
●会社の性格付けの強力な手段になるかも(10%)
●やりようによっては、商売になるかも(3%)
●個人的に正調粕取焼酎の香りが好き(1%)
●蒸留の経験のある社員さんがいる今やらないと、二度とできない(4%)

わてはぜひとも、鳴滝酒造さんの顔造りの強力な手段となり、商売として採算ペースに乗っていただきたいと切に願っちょります。それは“伝統文化”としてこれからも命脈を伝えるためには、企業として“商売の帳尻”がしっかりと合うことが絶対に必要だからです。じゃないと、正調粕取焼酎は本当に滅びてしまいますけんね・・・。

◇   ◇   ◇

まぁ、とにもかくにも、古舘氏のご決断は、本当に心が沸き立った。心底「探偵団」をコツコツやっていて良かったと思ったですにゃ~(T_T)

今回の朗報は、昨夏から「粕取まぼろし探偵団」なるジミぃ~~~~な探索を続けてきた我ら………名文家だが原稿の遅配が玉にキズ(爆)のDr.けんじ氏………北部九州各地を熱心に回って粕取店頭化状況を調査してくれたgoida隊員………そしてわて、三人にとっての誇りであります。


(2)へ続く。

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