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小説『だからあなたは其処にいる』第十四章 ブルーグレーの瞳

前回のお話です。
良かったらどうぞご覧ください。



登場人物 


【冀州出版社の人々】

岸田一平=僕
地方都市にある小さな出版社で働く33歳。小柄で気弱。とても素直な反面、流されやすくズルいところもある。そんな性格が災いしてトラブルの多い人生を歩んできた。好きなことは寝食を忘れて打ち込む。


冀州きしゅう編集長=冀州透子
冀州出版社の三代目。祖父の残した家訓、人は誰でも美しく生きられる、を実践してきた。2000年代に入り、紙の雑誌の売上が落ちてきたことから経営者として判断を迫られている。


萩原さん
冀州出版社の生き字引。64歳。冀州編集長の父親と幼馴染で、地元のクライアントとの絆を大切にしている。一平の良さを伸ばしてから退職したいと考えている懐深い人。


須藤さん=須藤廣子
冀州出版社一の敏腕社員。当たる企画は須藤からと言われるほどアイデアが天からおりてくる人。口が汚く武闘派。社員になった一平が隣の席になったことから、毎日イライラが絶えない。


小野田海人かいと
一年目の新入社員。22歳。清潔感あふれる外見と強い正義感が持ち味。会社から徒歩三分の画廊の息子でお金の苦労をしたことがない。職場の顔とは別の顔も。


吉村春瑠はる
40代シングルマザー。都会の大手出版社での競争に疲れ果て、故郷の小さな出版社・冀州出版社で第二の人生を歩んでいる。しっかり校正で若い社員から頼りにされている。無言実行→有言実行に進化中。




【サロン『アダムとエヴァーン』の人々】

ママ
卑屈になることも卑下することも大嫌い。毒舌であることを自覚しているため、口癖は「ごめんなさい」。長い目で人を見ることができる、なにもかもを包み込む人情家。


ケンジさん=売上No. 1の久美ちゃん
飲まずしてお客を魅了すること十二年。抜群の美貌と会話でお店を支えてきたが、まもなく引退。本名のケンジで呼ばれると軽くキレる。一平との出会いから水商売を辞めることを決意し密かに勉強している努力家。


女王蜂ことモッツァレラさん
ママの右腕。キャストを束ねる力がある。前職は地方リーグの野球選手。冷静な目をもちつつキャストの恋をゆるく見守り、恋に敗れたときは上腕二頭筋で受け止める!!


みんなで駆け抜けよう!!







第十三章

「一平の考えはよくわかったわ。ありがとう。」
冀州きしゅう透子が笑みを浮かべた。

緊張して頭が真っ白になって、何を話したのかあんまり覚えてないよぉ。

「他の人が何も言わないんなら、私のターンね。」
須藤廣子ひろこが話し始める。

「八方美人かもしれないけど、みんなの意見はそれぞれ納得がいくものだった。正直ビックリしてる。この会社のことも、読者のことも好きなんだな、真剣なんだなって思った。なんて言ったらいのかな、感動?」

須藤先輩らしくないな。喧嘩にならないなんて。僕はてっきり反論されると思ってたのに。

「そこで、みんなの意見を聞いた上での須藤案なんですが、いっそのこと公募で新しい雑誌名を募集したらどうですか?採用者には十万円。可能なら誌面にも登場していただく。応募者の中から抽選で地元商店街の品も贈るんです。雑誌名を外部のプロに依頼する余裕もないわけでしょ。一本化で忙しくて私達の力不足も否めない現状を鑑みれば、一般公募で広く新しい雑誌の存在を販売前にアピールするのが最善策かなって。私からは以上です。編集長のアイデアも聞かせてください。」

悔しいけど、さすがだな須藤先輩。経済的、人材的な余裕がないなら、一般の人に頼るのはいいかもしれない。


「須藤さん、いいアイデアをありがとう。他の人は?具体的なことでなくてもいいわよ。なにか日頃から思ってることや、読者やクライアントと関わる中で得たものを、この際すべて打ち明けてほしいの。」

冀州編集長がこんなに社員の意見に耳を傾けるなんて、嘘みたいだ。ワンマン経営者の代表みたいな人だったのに。お金に困ってることで、知恵で切り抜けていこうとしているのかもな。


「萩原さんはどう思いますか?」
小野田海人が前のめりにたずねる。

「そうだなぁ。もし公募するんなら、読者アンケートのハガキがあるだろ。あれに、項目を設けて三択で聞いてみたらどうだ。モレーン、ミセスサロン、新しい名前、どれがいいかって。読者が既存の名前にさして思い入れがないようなら、吉村さんと一平の考えてることが妥当かもしれん。アンケート結果と、社内の会議をもう少しやって、小野田案か須藤案か詰めていけばいいんじゃないか。」

禁煙していたはずなのに、萩原はポケットから煙草を取り出した。

やっぱり萩原さんは優しいな。編集長がこういうことを言えば、決断力がないと思われるだろうし。いつだって誰の意見も否定しないんだ。


編集長はどうするんだろう。意見が分かれたけど。

「みなさん、率直にアイデアを出してくれて感謝します。須藤さんにしろ小野田君にしろ、読者やクライアント目線で素晴らしいと思うわ。最初に言いにくい意見を述べてくれた吉村さん、パートになってからも今日のようになんでも話してください。お願いします。」

ニコニコと煙草をふかしながら萩原が言った。

「モレーンとミセスサロン最終号の読者アンケートは、豪華なプレゼント付きがいいよな。そうしないと、読者も真剣にならないだろう。地獄の沙汰も金次第って言うじゃないか、なぁ編集長?」

緊張した空気が溶けて、みんなが笑いだした。

「地獄から天国に転じられるよう、力を合わせて頑張っていきましょう。」
冀州編集長も笑顔で応えた。


「今までさ、みんなで考えることなんてなかったよね。」
「編集長の意見が一方的に伝えられて、それを実現するためにみんなが方法を考えるって感じだった。」
「変わったよね、編集長。」

女子トイレでのこういう会話が、男子トイレにも聞こえてくるのは何故なんだ。このビルは声が響いてしまう構造してるんだろうな。

岸田一平は両手を石鹸で丁寧に洗い、水で洗い流した。

緊張すると手汗が止まらなくて困るな。知らない間にズボンをつかんでしまってシワだらけだ。

いつだったか萩原さんがペンギンみたいなジェスチャーしてたっけ。僕がズボンをつかんでしまって汗でシミとシワができるから、ズボンから手をはなせって意味だったんだ。やっとわかった!


岸田一平と小野田海人は、すっかり通い慣れた路地裏に来た。サロン『アダムとエヴァーン』の広告案を持って。

スタッフオンリーユーの手書き文字が書かれたドアを開けるが、まだ誰もメイクルームにはいなかった。

サロンのほうへ行ってみる。


サロンには、ママと数人のキャストがいて打ち合わせをしていた。

「海人おかえりー!」

次々に声をかけられ、小野田君も嬉しそうだ。やっぱり、この空間が似合うんだよなぁ。

「一平さん、何度もご足労いただいてごめんなさい。これでお願いします。とても素敵な広告だと思うわ。」

アダムのママがやっと満足してくれた。良かった。長かった。ホッとして泣きそうだよ。


ママが、そばで花をいけていた久美に声をかけた。

「久美ちゃん、あなたの愛しのダーリンが来たわよ。なに照れてんの。早くいらっしゃいな。」

「ママったらやめてー。一平さんが困ってるじゃない。」

どうやら僕はケンジさんと公認の仲??でもサロンの中だからなぁ。本心はどうなんだろう。僕みたいな単細胞生物は、百戦錬磨のケンジさんのことがわからないよ。


「お疲れ様でした。とてもいい広告だと思う。ほんとうにお疲れ様。」

ケンジさんの目が潤んでいる。あぁ、なんて魅惑的なブルーグレーの瞳。毎日毎日、この広告に打ち込んだ甲斐があった…。

「あの…誰かから聞いてご存知かと思うのですが、モレーンとミセスサロンは一本化されるんです。良かったら、新しい雑誌に望むことをお聞かせください。」

「今日じゃなきゃダメ?」
だから、その可愛い仕草で聞かないでくれよ。仕事中だってことを忘れそうだよ、僕は。

「いつでもかまいません。センスの良いケン…久美さんに是非ご協力をお願いしたくて。わがまま言ってすみません。」

「久美は源氏名だから。ケンジでいいわ。」
ケンジ感がないんだよなぁ。でも、ケンジさんなんだよなぁ。名前なんかもうどうでもいい!!


「ちょっとぉ、あんたたち。さっきから何イチャコラしてんのよ。一平もういいでしょ。夜またいらっしゃいな。」

「す、すみません。モッツァレラさん、今日もお綺麗ですね。」

「一平、棒読み。でも嬉しいわ。ありがと。」

シャンデリアに灯りがともり、夜がやってくる。


〜続く〜




良かったら、全話おさめられたマガジンもご覧ください。ほぼ毎日、2,000〜5,000文字の連載を続けております。



連載小説の裏側ってこんなもの⁈

小説に直接関係のないお話です。
前回のお話が消えました🫠

いつも、noteの機能「複製」を利用して続きを考えているのですが、間違って「編集」してしまったようです…。目が良くないことに加えぼんやりした性格も相まって、時折こういうポカをやらかします。

幸い紙にプリントアウトしたものがあるので、入力しアップしなおします。今日は仕事が忙しい日だから、深夜か明日になるかと思います。お時間いただきます。申し訳ございません。

ちなみに、この記事は編集してしまった記事を複製してアップしました。←誰得情報


2024年9月28日追記

無事に第十三章をアップし直すことができました。良かったぁ〜✨

お騒がせしてしまいすみませんでしたm(_ _)m

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上湯かおり
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