小説『だからあなたは其処にいる』第十四章 ブルーグレーの瞳
前回のお話です。
良かったらどうぞご覧ください。
第十三章
一
「一平の考えはよくわかったわ。ありがとう。」
冀州透子が笑みを浮かべた。
緊張して頭が真っ白になって、何を話したのかあんまり覚えてないよぉ。
「他の人が何も言わないんなら、私のターンね。」
須藤廣子が話し始める。
「八方美人かもしれないけど、みんなの意見はそれぞれ納得がいくものだった。正直ビックリしてる。この会社のことも、読者のことも好きなんだな、真剣なんだなって思った。なんて言ったらいのかな、感動?」
須藤先輩らしくないな。喧嘩にならないなんて。僕はてっきり反論されると思ってたのに。
「そこで、みんなの意見を聞いた上での須藤案なんですが、いっそのこと公募で新しい雑誌名を募集したらどうですか?採用者には十万円。可能なら誌面にも登場していただく。応募者の中から抽選で地元商店街の品も贈るんです。雑誌名を外部のプロに依頼する余裕もないわけでしょ。一本化で忙しくて私達の力不足も否めない現状を鑑みれば、一般公募で広く新しい雑誌の存在を販売前にアピールするのが最善策かなって。私からは以上です。編集長のアイデアも聞かせてください。」
悔しいけど、さすがだな須藤先輩。経済的、人材的な余裕がないなら、一般の人に頼るのはいいかもしれない。
ニ
「須藤さん、いいアイデアをありがとう。他の人は?具体的なことでなくてもいいわよ。なにか日頃から思ってることや、読者やクライアントと関わる中で得たものを、この際すべて打ち明けてほしいの。」
冀州編集長がこんなに社員の意見に耳を傾けるなんて、嘘みたいだ。ワンマン経営者の代表みたいな人だったのに。お金に困ってることで、知恵で切り抜けていこうとしているのかもな。
三
「萩原さんはどう思いますか?」
小野田海人が前のめりにたずねる。
「そうだなぁ。もし公募するんなら、読者アンケートのハガキがあるだろ。あれに、項目を設けて三択で聞いてみたらどうだ。モレーン、ミセスサロン、新しい名前、どれがいいかって。読者が既存の名前にさして思い入れがないようなら、吉村さんと一平の考えてることが妥当かもしれん。アンケート結果と、社内の会議をもう少しやって、小野田案か須藤案か詰めていけばいいんじゃないか。」
禁煙していたはずなのに、萩原はポケットから煙草を取り出した。
やっぱり萩原さんは優しいな。編集長がこういうことを言えば、決断力がないと思われるだろうし。いつだって誰の意見も否定しないんだ。
四
編集長はどうするんだろう。意見が分かれたけど。
「みなさん、率直にアイデアを出してくれて感謝します。須藤さんにしろ小野田君にしろ、読者やクライアント目線で素晴らしいと思うわ。最初に言いにくい意見を述べてくれた吉村さん、パートになってからも今日のようになんでも話してください。お願いします。」
ニコニコと煙草をふかしながら萩原が言った。
「モレーンとミセスサロン最終号の読者アンケートは、豪華なプレゼント付きがいいよな。そうしないと、読者も真剣にならないだろう。地獄の沙汰も金次第って言うじゃないか、なぁ編集長?」
緊張した空気が溶けて、みんなが笑いだした。
「地獄から天国に転じられるよう、力を合わせて頑張っていきましょう。」
冀州編集長も笑顔で応えた。
五
「今までさ、みんなで考えることなんてなかったよね。」
「編集長の意見が一方的に伝えられて、それを実現するためにみんなが方法を考えるって感じだった。」
「変わったよね、編集長。」
女子トイレでのこういう会話が、男子トイレにも聞こえてくるのは何故なんだ。このビルは声が響いてしまう構造してるんだろうな。
岸田一平は両手を石鹸で丁寧に洗い、水で洗い流した。
緊張すると手汗が止まらなくて困るな。知らない間にズボンをつかんでしまってシワだらけだ。
いつだったか萩原さんがペンギンみたいなジェスチャーしてたっけ。僕がズボンをつかんでしまって汗でシミとシワができるから、ズボンから手をはなせって意味だったんだ。やっとわかった!
六
岸田一平と小野田海人は、すっかり通い慣れた路地裏に来た。サロン『アダムとエヴァーン』の広告案を持って。
スタッフオンリーユーの手書き文字が書かれたドアを開けるが、まだ誰もメイクルームにはいなかった。
サロンのほうへ行ってみる。
七
サロンには、ママと数人のキャストがいて打ち合わせをしていた。
「海人おかえりー!」
次々に声をかけられ、小野田君も嬉しそうだ。やっぱり、この空間が似合うんだよなぁ。
「一平さん、何度もご足労いただいてごめんなさい。これでお願いします。とても素敵な広告だと思うわ。」
アダムのママがやっと満足してくれた。良かった。長かった。ホッとして泣きそうだよ。
八
ママが、そばで花をいけていた久美に声をかけた。
「久美ちゃん、あなたの愛しのダーリンが来たわよ。なに照れてんの。早くいらっしゃいな。」
「ママったらやめてー。一平さんが困ってるじゃない。」
どうやら僕はケンジさんと公認の仲??でもサロンの中だからなぁ。本心はどうなんだろう。僕みたいな単細胞生物は、百戦錬磨のケンジさんのことがわからないよ。
九
「お疲れ様でした。とてもいい広告だと思う。ほんとうにお疲れ様。」
ケンジさんの目が潤んでいる。あぁ、なんて魅惑的なブルーグレーの瞳。毎日毎日、この広告に打ち込んだ甲斐があった…。
「あの…誰かから聞いてご存知かと思うのですが、モレーンとミセスサロンは一本化されるんです。良かったら、新しい雑誌に望むことをお聞かせください。」
「今日じゃなきゃダメ?」
だから、その可愛い仕草で聞かないでくれよ。仕事中だってことを忘れそうだよ、僕は。
「いつでもかまいません。センスの良いケン…久美さんに是非ご協力をお願いしたくて。わがまま言ってすみません。」
「久美は源氏名だから。ケンジでいいわ。」
ケンジ感がないんだよなぁ。でも、ケンジさんなんだよなぁ。名前なんかもうどうでもいい!!
「ちょっとぉ、あんたたち。さっきから何イチャコラしてんのよ。一平もういいでしょ。夜またいらっしゃいな。」
「す、すみません。モッツァレラさん、今日もお綺麗ですね。」
「一平、棒読み。でも嬉しいわ。ありがと。」
シャンデリアに灯りがともり、夜がやってくる。
〜続く〜
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小説に直接関係のないお話です。
前回のお話が消えました🫠
いつも、noteの機能「複製」を利用して続きを考えているのですが、間違って「編集」してしまったようです…。目が良くないことに加えぼんやりした性格も相まって、時折こういうポカをやらかします。
幸い紙にプリントアウトしたものがあるので、入力しアップしなおします。今日は仕事が忙しい日だから、深夜か明日になるかと思います。お時間いただきます。申し訳ございません。
ちなみに、この記事は編集してしまった記事を複製してアップしました。←誰得情報
2024年9月28日追記
無事に第十三章をアップし直すことができました。良かったぁ〜✨
お騒がせしてしまいすみませんでしたm(_ _)m