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小説『だからあなたは其処にいる』第十三章 バブルの功罪

この章の登場人物

冀州きしゅうビルの管理人
冀州出版社の社長・冀州透子の親戚。ビルの利用者からは、おじいさんと呼ばれている。建ち上がった当初からいるせいか主のように振る舞うこともあり、評判はあまり良くない。



【冀州出版社の人々】

岸田一平=僕
地方都市にある小さな出版社で働く33歳。小柄で気弱。とても素直な反面、流されやすくズルいところもある。そんな性格が災いしてトラブルの多い人生を歩んできた。好きなことは寝食を忘れて打ち込む。



冀州きしゅう編集長=冀州透子
冀州出版社の三代目。祖父の残した家訓、人は誰でも美しく生きられる、を実践してきた。2000年代に入り、紙の雑誌の売上が落ちてきたことから経営者として判断を迫られている。



萩原さん
冀州出版社の生き字引。64歳。冀州編集長の父親と幼馴染で、地元のクライアントとの絆を大切にしている。一平の良さを伸ばしてから退職したいと考えている懐深い人。



須藤さん=須藤廣子
冀州出版社一の敏腕社員。当たる企画は須藤からと言われるほどアイデアが天からおりてくる人。口が汚く武闘派。社員になった一平が隣の席になったことから、毎日イライラが絶えない。


小野田海人かいと
一年目の新入社員。22歳。清潔感あふれる外見と強い正義感が持ち味。会社から徒歩三分の画廊の息子でお金の苦労をしたことがない。職場の顔とは別の顔も。


吉村春瑠はる
40代シングルマザー。都会の大手出版社での競争に疲れ果て、故郷の小さな出版社・冀州出版社で第二の人生を歩んでいる。しっかり校正、無言実行の人。


バブゥバブゥ

登場人物

冀州ビルの管理人
冀州出版社の社長・冀州透子の親戚。ビルの利用者からは、おじいさんと呼ばれている。建ち上がった当初からいるせいか主のように振る舞うこともあり、評判はあまり良くない。


【冀州出版社の人々】

岸田一平=僕
地方都市にある小さな出版社で働く33歳。小柄で気弱。とても素直な反面、流されやすくズルいところもある。そんな性格が災いしてトラブルの多い人生を歩んできた。好きなことは寝食を忘れて打ち込む。



冀州きしゅう編集長=冀州透子
冀州出版社の三代目。祖父の残した家訓、人は誰でも美しく生きられる、を実践してきた。2000年代に入り、紙の雑誌の売上が落ちてきたことから経営者として判断を迫られている。



萩原さん
冀州出版社の生き字引。64歳。冀州編集長の父親と幼馴染で、地元のクライアントとの絆を大切にしている。一平の良さを伸ばしてから退職したいと考えている懐深い人。



須藤さん=須藤廣子
冀州出版社一の敏腕社員。当たる企画は須藤からと言われるほどアイデアが天からおりてくる人。口が汚く武闘派。社員になった一平が隣の席になったことから、毎日イライラが絶えない。


小野田海人かいと
一年目の新入社員。22歳。清潔感あふれる外見と強い正義感が持ち味。会社から徒歩三分の画廊の息子でお金の苦労をしたことがない。職場の顔とは別の顔も。


吉村春瑠はる
40代シングルマザー。都会の大手出版社での競争に疲れ果て、故郷の小さな出版社・冀州出版社で第二の人生を歩んでいる。しっかり校正、無言実行の人。



力を合わせて創る!



第十三章


チチッ。
うわー、また徹夜しちゃったよ。時間の感覚がないの、なんとかしなきゃいけないな。
岸田一平は、猫のように伸びをした。
窓を開け、さんさんと降り注ぐ朝日を浴びる。
ここ数ヶ月、一人暮らしになった寂しさからか、よく独り言を言うようになっている。

「早く会社に行って、編集長や須藤先輩に見てもらおう。」
手早く黒のプラナのリュックに広告案とカロリーマイトを入れる。

「今日は、昨日とは違う靴にしなきゃな。毎日同じ靴を履かないほうがいいらしいから。これも佐竹靴店のだって、春瑠さんや編集長はわかるかな。」


冀州出版社の入ったレトロなビル。
一平は眩しい太陽に目を細めながら、建物の立ち姿を見上げ、重い門を押し開けた。
ビルの中へ入ってすぐ右手に管理室があり、管理人のお爺さんが挨拶をした。
「岸田さん、おはようございます。」
「おはようございます。」
うぅーー素直に喜べない。僕がアルバイトだったほんの半年前まで、お爺さんは挨拶はおろか、どこの会社へ用があるのかと不審者扱いしていた。スーツを着てなかったせいもあるのだろうけど。
お爺さん、管理室で暮らしているみたいにくつろぎ過ぎだよ。編集長あての郵便や書物などを冀州出版社が入っている4階まで持っていくのはちょっと面倒かもしれない。しょっちゅうエレベーターは故障するし。
そのまま管理室の小窓付近に置いたままにしていることが多いのが困る。殆どの郵便物がすぐに開封する必要があるのに。
僕はアルバイトクンだったから、少しでも編集長に認められたくて、ついお爺さんに上まで持って行きますよ、なんて言ってしまってた。お年寄りの代わりに重いものを運んであげているというのも、いい気分だったし。だけど感謝されたのは最初だけで、そのうち僕の仕事であるかのように、いつでもこんな風に放置されてたっけ。ありがとうも、ごめんねもないことに内心ムカムカしながら運んでたんだよなぁ。
僕は、お爺さんに声をかけた。
「急かすようですが、それ午前中の会議に必要だから編集長のデスクへお願いします。」
「あぁ、すみません。すぐに。」
朝の連続テレビ小説を見ているお爺さんは、生返事だった。
いくら冀州編集長の親戚だからって、なんでこの人此処にいるんだろう。リストラするなら吉村さんより先にお爺さんだろ。それほど会社や店が入っていないこの古ぼけたビルに管理人がいるとも思えないけどな。




パリの街並みからヒントを得たというこのビルは、創始者の冀州 がデザインしたものだ。バブル期に冀州出版は急成長し、この豪奢なビルを建てたのだった。このビルのテナント料だけでも毎月相当な収入となり、取材費を十二分に賄うことができた。
美術誌では海外取材が当たり前だった。ヨーロッパの絵画や建築は、バブル期の大衆が好むものであったから、可能なかぎり関係者にも取材を試み、学芸員の詳しい解説も載せることを徹底していた。そのおかげで、男女問わず購読される、専門書よりは安価で読みものとしても優れた雑誌となった。
婦人誌のほうでは、1980年代まで洋服ページと和服ページが混在していた。金沢と京都を同時に取材し、社員自らが着物を誂えたりして友禅の特集を組むなどすると、爆発的に売れていた時代もあったという。
メジャーになる前の写真家とスタッフを起用し、冀州出版とのミーティングに時間をかけておくことで、現場でモデルや芸能人に気持ちよくポーズをとってもらうことを心がけていたんだと、冀州出版の生き字引である萩原が語ってくれたことがある。
一平は、そんな黄金期の冀州出版の歴史を聞くにつけ、当時の編集長や編集者が有能だったことに加え、外部のクリエイターとの繋がりが大きかったのだと想像した。
「バブルって、結局なんなんだよ。」
吐き捨てるように言う声に力が今ひとつない。睡眠不足と朝食抜きが堪える。
またエレベーターから異音がするということで、階段で編集部まであがった。




アルバイト時代には見えなかった会社の内情、編集長の杜撰さと苦悩、そして同僚への思いが頭、一平のの中をぐるぐると渦を巻いている。
「要は、時代の波にのれたってことだよな。そんな夢のようなビッグウェーブはたぶん二度と来ない。どうやって今後の勝負をしていくつもりなのかな、編集長は。」
階段を上がりながら独りごちる。
とにかく雑誌づくりに関わりたい、いつか社員になりたいとだけ思っていた一平だったが、ここにきて会社への不信感が芽生えていた。




「みなさんおはようございます。連絡事項が二つ。吉村春瑠さんは、来月からパート勤務となります。週に三回は社に出てきてもらえますが、他の日はご実家にいますので、今までみたいに締切に間に合わないからといって春瑠さんを呼び出さないように。」

冀州透子が、若い社員のほうを向いて言った。
吉村さんに毎日会えなくなるんだな。残念だけど、子どもたちのためにもおばあちゃんがいたほうがいいんだろう。広告のことも相談にのってほしかったけど…。こんなことを思うから、編集長から釘を刺されるんだ。はーぁ。
一平は、編集長から褒められた広告案が、クライアントからは修正案を求められることに焦りを感じていた。

今週中に、サロン『アダムとエヴァーン』の広告を仕上げなければならない。美意識の高いママやケンジさんの目はきびしい。
須藤先輩を頼るのは嫌だし、小野田君に相談してみよう。
「一平、ぼんやりしないで。」
冀州透子から鉈が飛んできた。



「もうひとつは、先日お話した婦人部の雑誌の一本化です。新しい雑誌にどちらの名前を残すべきなのかしら。今後の命運を分けることだから、忌憚のない意見を聞きたいわ。」


吉村春瑠《はる》が手を挙げた。

「新しい雑誌なのに、新たに名前をつけないのですか。」


小野田海人|《かいと》がすぐに反論意見を出した。
「うちの雑誌は、美容院、喫茶店、病院などに置いてもらうことが多い。読者アンケートを集計したところ、85%以上は中高年です。雑誌の名前を変えてしまったら、もう冀州出版の雑誌だとわからなくなります。それこそ発行部数が更に落ちると思われます。」




「萩原さんと須藤さんは?」
冀州編集長は、二人の意見を求めた。

「俺はもうすぐいなくなる身だ。みんなの雑誌なんだから、こうやって話して、じっくり考えて決めたらいいんじゃないか。編集長も意見を聞ける人間に変わったんだから。」

禁煙中の萩原がガムを噛みながらこう言うと、冀州編集長は笑顔を返した。




「須藤先輩すみません。僕、先にいいですか。」

「一平、意見があるの?」
須藤廣子と編集長が、目を見開いて同時に言った。

前に編集長に話したことを思い出すんだ。深呼吸。深呼吸。スゥー。ハー。

「『モレーン』という雑誌名は、旅が好きな人ならカナダのモレーン湖のことだとわかるかもしれませんが、若い層にうったえるネーミングではないように…、ぼ、僕は思います。『ミセスサロン』って名前もバブルの時代は好まれたんだと思うのですが、サロンという言葉のせいで敷居が高い印象を持たれている気がするんです。うちの雑誌はローカル誌で全国展開するわけじゃないから、関西と中四国に受け入れてもらう親しみやすい名前を新しく考えてみませんか。そういう意味で、僕は吉村さんの意見に賛成です。新たな購買層を増やすためには、雑誌名も一新したほうがいいと考えます。」



〜続く〜


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https://note.com/hireashi_tengoku/m/m77cb66c46bb9


2024年9月28日 追記
この章が私のミスで一時期なくなってしまったのですが、アップし直しました。お騒がせしてすみませんでした。

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