小説『だからあなたは其処にいる』第ニ十一章 僕は恋のキューピッド
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第ニ十一章
一
「二人の未来に幸多かれとお祈り申し上げます。株式会社メディアホリデージャパン代表、上松壽夫様」
「本日は誠におめでとうございます。茨の道こそ愛の道。二人なら大丈夫。西龍馬様」
「モッツァレラさんの本名わたし知らない。とにかくおめでとう!くやし〜!わたしも早く結婚した〜い!! ユキオ様」
「お祝いのメッセージを多数いただいております。この後、新郎のお二人が入場いたします。盛大な拍手でお迎えください!」
パカパカーン。パカパカーン。パパパパッ…
白い扉が開かれると、其処には愛し合う二人がいた。
光沢のあるワインレッドのロングタキシードに身を包んだ永峰ノア。隣には、水色のフロックコート姿で号泣しているモッツァレラさんこと瑞原健人。
二人は手をしっかりと繋ぎ、恭しくお辞儀をした。
モッツァレラさんの友人や家族、アダムのキャストやお客さんら二百人あまりが、割れんばかりの拍手を送る。
永峰ノアの両親や職場の人々はこの場にいなかったが、弟と妹、そして友人八人が二人の門出を祝った。
ニ
「新郎のお二人から、ご挨拶がございます。」
司会の小野田海人が、イケメンでイケボなポテンシャルをいかんなく発揮して進行していく。
マイクを手渡された永峰ノアが、会場全体を見渡し話し始めた。
「本日はお足元の悪い中、僕達のためにお集まりいただき感謝の気持ちでいっぱいです。僕は消防士として生きてきて命を惜しいと思ったことなんてなかったのですが、健人と出会ってからは健康で長生きしたいと思うようになりました。健人は、信じられないほど愛情深く勇気のある人です。ちょっと無茶をするときもあるから、僕がそばにいなきゃいけないんです。二人なら、きっとどんなことがあっても笑って生きていけると思います!」
拍手や指笛が鳴る中、二人が身体を一平のほうへ向けた。そして、モッツァレラさんのマイクパフォーマンスが始まった。
「この場をお借りしてお礼を申し上げます。岸田一平!あんたのおかげよ!嘘みたいなんだけど、わたし結婚しちゃったわ。ほんとにありがとう!」
モッツァレラさんのカラオケタイムが始まった。『アダムとエヴァーン』のキャストが歌に合わせて華麗なダンスを披露する。新郎自ら練り上げた披露宴が始まった。
三
僕は、あの日ひたすらダメ人間だっただけなんだけど…。こうして二人が結ばれたのなら、きっとあんなポンコツな一日も意味があったんだ。これで良かったんだよね、賢治さん。
隣の席には、モッツァレラさんに負けないくらいメイクが流れている賢治さんがいた。
「賢治さん、マツエク取れちゃうよ。なくても可愛いけどね」
僕がささやくと、賢治さんが頬をふくらませ、うつむき加減に微笑んだ。
なんで、そんな寂しそうな顔をするの?僕らだって、いつかは…。
四
新郎二人の生い立ちや、出会ってからの三か月間が、冀州出版のイラストレーターによるエッセイ漫画で披露された。写真によるスライド以上に、健人とノアの強い愛が伝わってくる涙あり笑いありの楽しい時間が流れたのだった。
エッセイ漫画によれば、助けに行ったモッツァレラさんこと瑞原健人と、消防士の永峰ノアは電撃的な出会いから、毎日毎日馬鹿みたいに話をしたという。お互いの仕事のこと、家族のこと、悩みを打ち明け、愛を育んでいったのだ。
「不思議と二人にとっての一日は、他の人の一年に匹敵するほど濃いものでした」と、いうエッセイ漫画の中の言葉に反応したのは、ノアの妹と弟だった。
「お兄ちゃん、陸上で竜宮城と乙姫様をゲットしたんだね」
「言われてみれば、そうかも。夢のようだって何度も言ってたもんね。仲が良すぎて叩きたくなるよ、僕」
「なんで、叩きたくなるのよ。幸せなんだからいいじゃない」
「結婚したから、お兄ちゃん家からいなくなっちゃったんだもん…」
まだ小学三年生のノアの弟が泣きそうになる。
「お姉ちゃんがいるでしょう?泣かないでよ。結婚式なのに」
ノアの妹は、帰宅してからのことに思いを巡らせていた。
五
義理で固めた結婚式と違って、楽しくてあたたかい。ちょっとめちゃくちゃだけど。僕に、こんな結婚式が挙げられるかなぁ。今までみたいに、画材と酒に散財しないでお金を貯めなきゃ。賢治さんにはウエディングドレスを絶対に着てほしいんだけど…。こだわりが強そうだから、レンタルじゃ納得してくれないかも…。
「いっ、ぺい、さん。なに考えてるの?」
メイクを直してきた賢治が、一平の顔を覗き込むようにして聞いた。
「まだ秘密だよ。固まってから話すね。何年か先になるかもしれないけど」
「そんなのイヤ。今夜、話して」
そんな赤ちゃんヤギみたいにピョンピョンされたら、可愛くて今夜なにかは話さなきゃなと思う。思うんだけど…。僕のする事なす事、だいたい上手くはいかないんだ。それでも僕と生きてくれるの?賢治さんは。
六
「この後、二次会がございます。ホテル内のイタリアンレストランにて、披露宴でお渡ししたチケットをお見せください。お帰りになるかたは、受付でお車代をお受け取りください。本日は誠にありがとうございました!」
小野田海人は大きく息を吐き、司会台へそっとマイクを置いた。
僕は賢治さんと、彼の元へ向かった。
「大役お疲れ様。凄いね、プロのプランナーみたいだったよ!」
「海人、とってもいい披露宴だった。かっこよかったわよ。いっそのこと転職したほうがいいんじゃない?」
賢治さんも、僕と同じくらい驚いて感動しているようだ。
「いやぁ緊張しました。新郎お二人の熱い思いを知ってますからね。大切に丁寧にって気持ちと、モッツァレラさんの明るく軽く見守ってほしいって言葉が混ざってしまって。でも、こんなにたくさんの幸せな顔を見るのは新鮮でした。僕には無理だけど、ウエディングプランナーって素晴らしいお仕事でしょうね」
普段めったに顔に汗をかかない小野田海人だが、司会が終わった後も、しきりに白いハンカチで汗を押さえた。
誰だって大事なことには必死になるし、汗がでることは恥ずかしいことじゃないんだよね。小野田君の姿は本当にかっこよかったよ。
七
二次会のレストランはバーに近い造りで、テーブル席の他にソファ席も五卓ほどある。
僕は、モッツァレラさんの愛しの人、ノアさんに声をかけた。
「おめでとうございます。あの、ぼ、僕は岸田一平と申します。えっと…」
賢治さんがあとを継いでくれた。
「ねー、今日もこんな風に頼りない人なの。可愛いでしょ?」
ノアさんが肩を揺する。
「ガッハッハッ。君達も早く結婚したらいいよ。お似合いじゃないか。僕らマイノリティは結婚式も披露宴も批判されることがまだまだ多いけどもね、幸せになる権利は誰にだってあるよ。僕は仕事に命をかけている。危険も多い仕事なのに、健人は構わないと言ってくれた。僕は健人と幸せになるって決めたんだ。これ以上のことはないからね!」
八
「ノアったら。いちいち言うことが暑苦しいのよ。健人、健人って、本名じゃみんなわかんないから。モッツァレラさん、で通ってるの。さん、までが名前ですからね。」
毒舌なのは私生活も変わらないようだな。でも、ノアさんのタキシードの襟を手早く整えるモッツァレラさんの美しい手が僕らには眩しいよ。
お幸せに。
〜続く〜
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