小説『だからあなたは其処にいる』第十八章 逆手にとろうか
前回のお話・第十七章はこちらです
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第十八章
一
今日も忙しい。
忙しいからといって誰の給料も上がらない。
にもかかわらず、冀州出版社の婦人部には創ることが好きな人が集まってくる。
此処は狂磁石だ。
二
「昨日、小野田君のおごりでアダム行ったんだけどさ、賢治君のアイデア無理があると思うよ。まぁイベントにもよるけど、準備段階から難しいんだわ。ここいらへんってさ、中途半端に高級住宅街化しちゃってるでしょ。年寄りばっかなの。うちらが、本業を投げだしてイベント打つのもおかしな話でしょ?」
須藤廣子が、新入社員の富頭賢治に問いかけた。
入社してひと月も経たないのに。賢治さんがいくら出来る人でも困るよ、そんな怖い聞き方。僕が助けるから!こんなの僕らしくないけど。
「す、須藤先輩。アイデアが実現可能かどうかの判断は、冀州編集長がすることじゃないでしょうか。せ、せっかく賢治君が頑張ってアイデアを出してくれたのに」
三
「一平のくせに生意気!!どした?最近変だよ、一平。内容のないこと横から言う暇あったら、さっさと文庫の取材の宿や移動手段おさえろ!」
武闘派、此処に有り。僕は完敗だ…。賢治さん、ごめんね。助けてあげられなくて…。
一平が振り返ると、輝くような笑顔の賢治が二人のやり取りを見ていた。
って、えっ?どうして笑顔?僕はキミを助けてあげられなかったんだよ?
四
「須藤さんと一平さん、お二人とも仲良くていいですね。ご忠告は尤もです。人が外から来るシステムを考えてみますね。」
賢治は動じる様子もなく、まるで想定内であったかのように応えた。
「賢治君、ひょっとして別案あるの?」
「もちろんです。プランBもCもありますよ。」
へぇーーー。怒られないようにビクビクして生きてきた僕とは違う世界に住んできたんだな、賢治さんは。
五
「須藤さん、メールの添付ファイル見てください。プランBです。」
「メール?話せばいいのに。」
「みなさん他の企画を考えて話し合いされてますし、僕の説明より先に他の自治体の成功例を見ておいていただきたいんです。須藤さんのご意見を聞かせてください」
「今までいなかったわ、こんな社員。黙って仕事する発想ないし、うちら。賢治君のプランB、読んだら返事するね。」
須藤は既にほかの仕事に気持ちが移り、賢治のメールを読むことはなかった。
六
「お疲れ様でした」
「おつかれー」
労基に冀州編集長が厳重注意を受けたらしく、八時間の勤務を終えた社員やパートさんが次々に帰宅する。
編集部には、僕と賢治さん、そして小野田君の三人が残った。
「須藤さんは、結局あれから賢治さんのプランB見てくれなかったんですか?」
背中で話を聴いていた小野田海人が、賢治に尋ねた。
「そうなの。此処って、他人の意見を聞いて一緒に仕事していく意識が薄いのね。部下が意見を出しても、上司が聞く耳を持ってないんじゃ新人が育つことなんてないんじゃないかしら」
賢治は、アダムで働いていた頃のような口調で、なめらかに話し続けた。
七
「須藤さんは、誰に対してもああだから気にしないでください」
僕なりに慰めてあげたい!元気出して、賢治さん。
「一平さんたら!しっかりして、お願いだから。あんなの気にするわけないじゃない。仕事が進まないこと、人材育成がなってないことに苛立ってるだけ」
僕は励ますつもりで言ったんだけど…。賢治さんは賢くてタフ。僕みたいな駄目人間じゃないんだよな。余計なことだったんだね…。
八
「一平さん、びっくりしたでしょ。アダムにいた頃はこんなもんじゃなかったですよ。気が強いんですから賢治さんは。」
「海人、あとでお仕置きよ。一平さんに余計なこと言わないで」
賢治さん楽しそうだ。仕事のストレスすら、楽しんでいるように見える。
九
「一平さん、映画はお好き?商店街が空き店舗ばかりになってる地域は全国にあって、映画のロケに使ってもらって観光地化させた例もあるんです。空き店舗のほうが撮影しやすいし、セット組むより安上がりでリアルなんですって」
賢治がいきいきと話し続ける。
「若者が新しいことを始める場所として空き店舗を貸し出して、家賃の一部を自治体が出している地域もありますね。うちの役所が動くかどうかは、とりあえず議員に働きかけないといけませんね。最終的には新しい市長と県知事次第だけど」
海人も似たビジョンを持っているらしく、二人は今後の地域の在り方を語り合った。
十
なんの話なんだ?政治?市長と知事が変わるって、どうしてわかるの?二人の話についていけないよ!!
「一平さん、ぼんやりしちゃダメ。一緒にがんばりましょう、ね?」
そんな可愛らしい表情と声で言われたら、僕はめちゃくちゃ頑張ります!!
十一
チャリーーン
バサッ
「なんだろう。見てきますね」
一平がドアを開けると、目を見開いて立つ吉村春瑠がいた。
「家で仕事しようと思って、資料を取りに来て…。何も聞いてませんから。さよなら!」
「待ってください!」
「待って!」
僕らの声が廊下に響いた。
富頭賢治が氷のように冷たくなっていく。
〜続く〜
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