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小説『だからあなたは其処にいる』第十九章 談笑の先にあるもの

⚠️今回のお話は暗い描写があります。気分の落ち込んでいるかたは読まないでください。


前話・第十八章はこちらです
お話がつながっています
できれば、こちらからどうぞ



今回の登場人物

【冀州出版社の人々】

岸田一平=僕
五年間のアルバイト期間を経て、やっと社員になった33歳。小柄で気弱。とても素直な反面、流されやすくズルいところもある。そんな性格が災いしてトラブルの多い人生を歩んできた。好きなことは寝食を忘れて打ち込む。



富頭賢治ふとう けんじ
小野田海人の勧めもあり、冀州出版に入社した新入社員。入社してひと月で先輩編集者と意見を闘わせるパワーがある反面、恋には愚直。


小野田海人かいと
一年目の新入社員。22歳。清潔感あふれる外見と強い正義感が持ち味。会社から徒歩三分の画廊の息子でお金の苦労をしたことがない。職場の顔とは別の顔も。


冀州きしゅう編集長=冀州透子
冀州出版社の三代目。祖父の残した家訓、人は誰でも美しく生きられる、を実践してきた。2000年代に入り売り上げが落ち込んだことから、改革に取り組んでいる。


須藤さん=須藤廣子
冀州出版社一の敏腕社員。当たる企画は須藤からと言われるほどアイデアが天からおりてくる人。口が汚く武闘派。社員になった一平、新入社員の小野田や富頭の世話を焼くのが楽しくなっている。


吉村春瑠はる
40代シングルマザー。都会の大手出版社での競争に疲れ果て、故郷の小さな出版社・冀州出版社で第二の人生を歩んでいた。


塩野菜々
冀州出版の美術部から婦人部へ手伝いに来ている社員。元公立美術館の学芸員。非常に記憶力が良い。噂話が大好き。

第十九章の登場人物





愛ってなんだ?僕はパンダ🐼





第十九章


「春瑠さん、いつからいたんだろう…」

小野田海人が、凍りついている賢治を見遣る。

「賢治さん、きっと大丈夫です。春瑠さんの息子さんとメル友だから、僕がそれとなく聞いてみます。」
岸田一平が賢治に言う。



「一平さん…。それどういうこと?吉村さんと家族ぐるみのお付き合いなんですか?」
ジェラシーの火の玉を今にも投げんばかりの富頭賢治は、今の状況より一平の人間関係に怒り狂うのだった。

「何度か吉村さんの家に食事を持って行って、たまにお出かけしたくらいで。別に家族ぐるみとかじゃ…。」

僕の交友関係を縛りつけるの?賢治さんて、もっと心の広い人だと思ってたのに。


海人が笑い出した。

「一平さん、古い映画で『エージェント』っていうのがあります。トム・クルーズになっちゃってますよ。」

「海人君、トム・クルーズは知ってるけど、なんの話かわからないよ。賢治さんが、どうしてこんなに怒ってるのか意味不明なんだけど。二人とも僕にわかるように説明してよ、お願いだから」




「じゃ、言うわ……。私達ゲイはね、どうやったって子供を産めない。愛する人の子供をもてないのよ。吉村さんは、これから一平さんと結婚して子供をつくることができる…。一平さん、私のこと好きじゃなかったの?」

賢治の瞳から溢れたものを受け止めるのは容易ではない。流されて生きてきた一平に覚悟はあるのか。


「そりゃ無理ですよ。一平さんはバイですから。僕らとはちょっと違うんです。」

海人が肩を抱くが、賢治の涙は止まらない。

「知らなかった……。私バカみたい。仕事まで変えて。どうかしてたんだわ…。こんな薄情な男に騙されるなんて!!」

賢治が、編集室を飛び出した。


海人はふたつの荷物を手にして言った。

「仕方ないんです、こればっかりは。一平さんのせいじゃありません」

あとを追う海人の後ろ姿を、一平は茫然と見つめた。


騙してなんかない!!そっちが勝手に好きになったんじゃないか!

家族ぐるみの付き合いって、そんなに悪いことか?大変な時に助けただけなのに、どうして責められなきゃいけないんだ…。

ピロピロリン

誰だよ、こんな時に。

お兄ちゃんへ
もう来たらだめなんだって
おうちはママとぼくと弟のものだから
ママが泣いてる
ママにいじわるしないで


もう何がなんだか…。僕が何をしたって言うんだ?どいつもこいつも最初だけなんだ。僕がどれだけ一生懸命に関わってあげても、こうやってみんな去っていく。母さんとおんなじ。みんないなくなってしまうんだ。



一平は重たい身体を引きずって帰宅した。

そして冷蔵庫にあるビールを全部飲んだ。なくなると、コンビニに行きウイスキーを五本買う。また全部飲んだ。

もう十分だ。生きてたって仕方ない。眠れない時に処方してもらった睡眠導入剤があったな…。少し眠らせてほしい。ひとりがいいんだ。


しっかりメイクをした冀州透子が、朝の会を始めた。

「おはようございます。今日は一平が遅刻ね。連絡がないから寝坊でしょう。」

あちこちから笑い声が漏れる。一平の遅刻は何度となくあった。誰も気にしていない。


「残念なお知らせですが、吉村さんから申し出があり退職されることとなりました。自宅でできる仕事にしたいとのことで、引き止められなかったの。彼女が抜けた穴は大きいわ。みんな他人任せな文章はもうやめてね。編集者なんだから。」

「はい!」
元気な声の中に、小野田海人と富頭賢治もいた。



「一平は大丈夫なのか?電話しても出ないぞ」

体調を崩して休んでいた萩原さんが、須藤廣子に尋ねた。

「私が知るわけないじゃないですか。一番仲が悪いのに」

医者に止められている煙草に火をつけ、ニヤリとして言う。

「悪くはないだろ。甲斐甲斐しく世話してやってるじゃないか」

「世話なんかしてません!怒ってるだけです!」

「素直じゃないんだから」
海人が言うと、萩原も笑った。


「そう言えば…。みなさんが一平って話してるのは、岸田さんのことですよね。確か五年くらい前、行方不明でしたっけ?連絡がつかないとかで大騒ぎになったことがありましたよね」

美術部から手伝いに来てくれた塩野菜々が顎に手を当て、宙に眼を向ける。

「あの時、ご家族も来てらして。大家さんに鍵を開けてもらったら、部屋の中で岸田さんは吐瀉物に突っ伏してた…。そんなウワサが美術部にも聞こえてきてました。婦人部って随分と激しい人が働いてるんだなぁって思ったんですよね私」

「あったなぁ、そんなことが。最初は社員入社だったからな。キャパオーバーだったんだよ。それで親とも話し合ってバイトになって。」

萩原が懐かしそうに言うと婦人部の誰もが笑い、やがて仕事へ戻る。

決して笑い事ではない筈だが、岸田一平はそういう人間なんだと受け入れるしかなかった。



孤独はその人のもの
愛があるからなくなるものでもない
それでも愛してしまうのが人


モッツァレラさんから言われた言葉を思い出した賢治は、編集長に願い出た。

「営業の途中で、一平さんのお宅へ行かせてください。お願いします。心配なんです」






〜続く〜



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