詩小説『引越物語』⑲ 欄間に螺鈿をはりましょう。
ね、いいでしょう。
デザインどれがお好み?
とな…。
正雄の叔母からメールが来た。
きた、きた、きたー!!!
古木でテーブル作るだけじゃないのか…。うちが建てるのは小さな平屋だったよね。
他人の家で張り切るくらいなら、ご自分のお家をリフォームをするとか、別荘を建てるとか、息子さんとご一緒に思う存分なさったら如何でしょう。
と勢いよく打ち込んで、凪は溜息をついた。
delete keyを強く押す。
「おばちゃん嫌い。なっちゃん漢字が読めんのに。」
肩にもたれかかる菜摘がプープー口をとんがらせている。
「らんま…。えーっと、襖の上に木でなんか彫ったやつあったよね、おじいちゃんくに。何年か前に、なかなかカメムシがのかんかったの、覚えてない?」
「うん、うん。そんなことあった!わかった。風が抜けるためやっけ?換気のため?飾り?あれって何かな。」
凪の説明でかえって混乱した菜摘は、スマホでGoogle検索を始めた。
「ふんでよ、らでんって何なが?おばちゃんのイラストやたらギランギランしちゅうけど。」
「確か…夜光貝の貝殻を薄くのばしたものを貼るんじゃなかったかな。うちの簪に少しやけど螺鈿のってるよ。」
整理整頓が出来ていない引き出しから、引き摺り出した簪には蝶の模様が、なないろに輝いていた。
「あーこれかぁ。凪ちゃん浴衣の時に、よぉつけちょったよね。夜やと、よけい綺麗やった。」
初めて、高知市の納涼花火大会に行く初デートに合わせて、正雄に買ってもらった年季ものだ。螺鈿が剥げたところもあるが、かまわず使い続けている。
手に馴染んで髪を結いやすいこの簪は、いつでも手に取れば思い出を、カサカサになった凪の心に挿してくれるのだった。
「こんな小ちゃいのを、くっつけれるが?」
菜摘の、がー?がー?が止まらない。
説明するのに疲れた頃に、昨晩遅くまで呑んでいたレストランの面々が起きてきた。
「あれ?正雄君は?」
未希が爆発した髪をくしゃくしゃしながら尋ねる。
「早出で朝の6時に家を出たんよ。」
答えながら、凪はヘアゴムを手渡した。
「ボクにおまかせ!美容院で働いたことあるよ。」
マリオが得意げに言った。
えっ?へー!の声があちこちで挙がる。
妻の未希も初耳だったらしく、半信半疑で頭を預けた。
「スターウォーズのアミダラヘアね!」
みなで5分ほどマリオの見事な手に見惚れていたら、美しいお姫様が誕生した。
「あっという間劇場やー!」
同じく癖っ毛の菜摘が、自分の頭をマリオに差し出した。
「ノンノンノン!奥さんしかしないの。」
やきもち焼きの未希にピッタリのマリオ、似合いの夫婦だ。
みんな揃って、簡単にトーストとコーヒーで朝食を済ませた。麻美は殆ど食べられない。
眠そうな菜摘の鼻息と、犬のたけしの寝息だけが室内に響く。
予定なら、もう麻美の母親が来てもいい頃だ。
当の麻美は、殆ど口をきかず顔色も冴えなかった。
無理もない。一人では家に帰ることすら怖いのだから。
ピンポーンと鳴る玄関ドアを開ける。
凪と菜摘が見たその人は、「おはようございます。」と、静かに告げた。
凪が見る限り、取り乱した様子がなかった。
娘の麻美に早く会いたい筈だと、室内へ案内する。
立ち居振る舞いといい着姿といい、きちんとした人という印象の隙のない着物美人。思わずスエットに安物の簪を挿した自分を鏡で確認した凪は、そっと簪を髪から引き抜いた。
「麻美さん、あなたは黙っててね。」
その人は、我が子に何度も念押しする。
「この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません。」
深々と頭を下げて詫びるその人に、わたし達も慌てて頭を下げた。
いかにも高そうな着物に黒いシミがついたら大変だと思い、凪はいつものコーヒーをやめて淡い色のハーブティーを入れた。
「お口に合いますかどうか。」
それに返事もせず、喉が渇いていたのか一気に飲み干した。
「ところで、ストーカーとかいうの…本当でしょうか。もう何年も前から、男性に対する拒絶反応?過剰反応と言いますか、被害妄想でしょうかね。そんなようなことばかり、私にも訴えてきましてね。それはそれは心配して…。中学も高校も殆ど行けなくて。正真正銘の不登校児でしたのよ。それやのに、心の病を抱えたまま大学へ進学してしまって。しかも、高知でしょう。いえ、高知が悪い土地だというのじゃないんですよ。神戸と高知じゃ、毎日わたくしが面倒を見ることも出来ませんからね。いつまで経っても小学生みたいなんです、うちの子。」
誰も相槌を打てない。
うなづきかけた首達が悲鳴をあげていた。
「お…お……おか…さん!!」
耳まで臙脂色に染められた麻美は、立ち上がろうと未希と凪を掴んだ。
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