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いろんな人がいる

僕が音楽を始めたきっかけは
中1の時、
いじめられっ子だった僕が
同じいじめられっ子だった彼の
上履きをとって、逃げ回っていて、
他の同級生だったら
僕はすぐにつかまって、
プロレス技をかけられて終わるんだけど、
同じいじめられっ子だった彼は、
やっぱり僕と同じく、少し鈍くて、
言ってしまえば、僕よりも鈍くて、
僕に追いつけず、泣き出してしまった。

背の低かった僕は
僕より小さくて、弱い人がいるなんて
まだ想像できてなかった。
いじめられることは予測してたけど
自分が「いじめ」をするなんて
予測してなかった。

彼のことは
その柔らかい印象が好きだったから、
まだまだお子ちゃまだった僕にとって
それはただ、戯れ合う手段だったんだ。

とぼとぼと肩を並べて歩く二人。
棒読みで、自分では耳慣れない言葉を
言ってみる。
「ごめんね」。

彼は僕の肩にすがりついて
また泣き出してしまった。

家に帰って
僕は変な気分。

悪いことをしたのに
なんか、いいことをしたみたいだ。

何なんだ?この感覚は・・・。

******

中学一年生。
大人びた友達は
みんな音楽を聴いていた。

お子ちゃまだった僕は
音楽の聴き方がわからなかった。

耳だけ、ラジカセに向けて、
何が楽しいんだろう?
目は、何を見ていればいいんだろう?

それでも、みんなが聴いているから、
流行りに合わせて買って持っていた
ブルーハーツの「トレイントレイン」
というアルバムをかけた。

10曲目(たしか)の「青空」という
バラードな曲で、びっくりした。

その時、涙が出たかどうかは記憶にないが
「感動」したのだ。

これが記憶にある初めての「感動」だった。

この日の学校の出来事があって、
自分がどんな感情になって
どう振る舞えばいいのか
わかんなくなってたその時、
「青空」が僕をそのまま
優しく包んでくれた。

******

で、僕は思った。

この詩は、確かに素晴らしいけど、
今日の僕の出来事とは違うぞ?

この詩は
ブラウン管の向こうで
カッコつけた騎兵隊が
インディアンを撃ち殺して、
日本の片隅にいる「僕」は
どんよりとアパートかなんかで
何も成し遂げることもなく、
憂鬱に暮らしてる。

ってだけの詩じゃないか!

今日の僕の
学校の出来事とは違う。

僕の「青空」を歌わなきゃダメだ。

痒い背中に手が届ききらない感じだ。

僕の「青空」を書こう。
音楽を始めよう。

********

そう想った決心を
胸の内に秘め、
こっそりと自由帳に
誰にも見せない言葉を
自由に書き、
親にギターを買ってもらい、
1年放置されたりしつつ、
ゆっくりと「想い」は
紆余曲折しながらも
醸成されていった。

*******

二十歳を過ぎたか過ぎていなかった僕は、
横浜駅の近くにアパートを借りて、
横浜駅にギターを持って
毎日歌っている。
そんな青春を過ごしていた。

そんなとき、
ふと出来た曲が
この「マメ」だった。

ぽっかりと空いた空の穴に
気をとられていたんだ
あの信号が赤に変わる前に
渡らなくちゃ

無数の足あとを残した
雪の上をとぼとぼ
誰ひとりいない広場
いったいみんなどこへ行ったの?

本当は泣き出してもよかったんだ
それでも平気な顔して歩いた
君に追いつきたかった
君にほめられたかったよ

誰ひとり僕に気付かなかった
それでも隣で笑って見てた
君は少し歩くのが早いね
あの信号が変わる前に
君に置いて行かれないように
僕は 僕はずっと頑張って
いたんだよ

本当は泣き出してもよかったんだ
それでも平気な顔して歩いた
君に追いつきたかった
君にほめられたかったよ
君に覚えてほしかった
君と一緒にいたかった

マメ/ 平魚泳


しばらくして、
この曲を創るために
音楽を始めたんだった。

と、思い出した。

僕の「青空」はこれだ・・。

この詩を描くために
音楽を始めたんだった。

******

そして、
バンドを組んで
この曲を歌ったりしていたが、
他にもいろんな出逢いがあったので、
(挫折からの学びも含む)
気がつけば、
この「マメ」を忘れたまま、
30代が過ぎていった。

ギターを持たずに
ウクレレで弾き語るようになって
ずいぶん経った。

ウクレレで、だいぶ表現力が向上した頃、
ふと、
「マメ」ってあったな・・・。
ウクレレで弾いてみたらどうだろう?

そして、やっと、思い出した。

この詩を創り、
歌いたくて音楽を始めたんだった。

******

「音楽」と言っても
人それぞれ、いろんな意味合いがあると想う。

ライトに付き合う人もいれば
ディープに付き合う人もいる。

何に対してディープになるか、というのも
人によって違う。

だから結局、
「音楽」という手段を使って、
何を成し遂げようとしているのか。

それが人によって違うんだろう。

*********

僕は「マメ」を創りたかったから
音楽を始めた。

「マメ」が出来た。

で、この先どうする?

歌えば現れるこの「とある現実」を、
歌い続ける以外に
他の手段は見つからない。

というか、
この詩を
僕は描き続けることが
僕の人生に於いての「仕事」
なんじゃないかと
想っている。

******

「あれをすればうまくいくよ」
「こういう手段を利用すればうまくいくよ」

さまざまな世間からのアドバイス。

全くもってアテにならない。

たとえ僕が
どんなエネルギッシュな人に思われようとも、
どんなに賢く見られようとも、
どんなに人気者の位置を確保したとしても、
この「叶えられない望み」を
描くことを辞めることはない。

そう・・・
描くことをやめざるを得ない時間を
なるたけ少なくしておきたい。

だから、
僕はいつでも「マメ」を歌ってる。

他の、雰囲気に合わせた曲を歌ってる時も、
全然別の、仕事に着手している時も、
誰かの話を聴いている時も。

僕は、
そんな「僕」と一緒にいる時間を
これからも大切にしていきたいんだ。

こんな「僕」で触れられる世界を
大切にしていきたいんだ。

大切にするんだ。


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ウクレレ平魚泳
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