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野々花の憂鬱


お昼寝なんて大嫌い。

なんで眠くもないのに寝なきゃなんないんだろう…

野々花はため息をついては右に左に寝返りを打った。

隣の布団ではあきちゃんがすうすう寝息を立てている。

さっきまでコソコソ話しして、一緒に先生に怒られてたのに…

あ〜あ…つまんないな。

ゴロンと寝返りを打つと足音が近づいて来た。

「ののちゃん、バタバタしてると眠れないよ。もうみんな寝てるから静かにしてね」

担任の美南先生はそう言って野々花のバスタオルをふわりとかぶせた。

さっきまで友達と遊んでいたお部屋は耳が痛くなるくらい静かで、じっとしていると体がムズムズする気がして、結局また寝返りを打った。


保育士の間で野々花は「寝ない子」で有名だった。

ただ寝ないだけではなく、隣の友達に話しかけたり、ちょっかいを出したりするので、いつも怒られてしまう。

それ以外は何にも問題無いんだけどねぇ…と先生達が話しているのを聞いた野々花は

「だってさぁ寝られないのは仕方なくない?先生達も無茶言うよね〜」

と夕飯の場で言い、父は吹き出し、母は苦笑した。

大きいクラスになればお昼寝をしなくなる。

ひとつ年上のさとちゃんに聞いてから、野々花は早く大きいクラスに行きたいと思っていた。

そして今日も退屈極まりないお昼寝の時間が始まった。


野々花の園では保育士によってランダムに布団が敷かれる。

その日、野々花の布団は美南先生の机のすぐ横だった。

滅多にその場所になることは無いのだが、野々花にとってはご褒美のような場所だった。

寝静まると、先生達はその机で書き物をしたり、何かを作り始める。

ちょっとだけ目を開けてその様子を見るのが、野々花にとって特別な時間だった。

でもあまりにじっと見ていると先生と視線がぶつかり、口パクで「ののちゃん」と注意されてしまう。

だから今日の野々花は大人しく目を瞑って寝たふりをしていた。

いつもは耳が痛くなる静かさなのに、今日は先生の気配をそばに感じて心地よかった。

始めはペンを走らせている音、美南先生は書く音が静かだと思った。

去年の担任の春香先生は書き物をすると机にコツコツと当たる音がしていた。

次に画用紙を切る音が聞こえる。

もうすぐ七夕製作始めるって言ってたから、それの準備かな?

明日は何するのかな…

野々花の記憶はそこでぷつりと途切れた。


カーテンの開く音がして、急に白い世界。

「はーい、お昼寝おしまいですよ。起きて下さい」

ハッと目を開いて野々花は飛び起きた。

状況が掴めず、ぼーっとしていたら美南先生が顔を覗き込んできた。

「ののちゃん、今日は寝れたね。先生、初めてののちゃんの寝顔みたよ」

先生は嬉しそうに笑った。

野々花は恥ずかしい気持ちがムクムクと湧いてきて、さっさと布団を片付けた。

あんなに長いお昼寝の時間が、今日に限って一瞬で過ぎてしまうなんて。

(あ〜早く大きいクラスになりたい…)

やっぱりお昼寝なんて嫌いだとこっそりため息をつく野々花だった。









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