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20240127 いつだって稽古場は清潔な

だれもいない稽古場で朝稽古場の窓を開け、ほうきで丹念に掃き掃除をし、きれいな水を汲んでモップで拭き掃除をする。よく晴れた日なら窓から日差しが差し込んで気持がいいし、雨が降っていても部屋の中だけは綺麗にして、手の届く範囲で小さな秩序と平和を保てているような落ち着いた気持になる。演劇の稽古をしているそういう時間が一番好きである。

▼これがあまりバカでかい稽古場になるとなかなか自分一人の手には負えないだろうから、小さな稽古場でよい。仕事で稽古場や劇場に通っていると、普段と比べて自分のHPやMPが10%くらい高くなっているような感じがする。劇場や稽古場が好きだし、毎日通いながら「こういう日々がずっと続けばよいのに」と思うくらいには元気になる。

▼新宿の雑居ビルで劇団として初めての公演をしたとき、その雑居ビルの一室はなにしろ強烈に汚かった。単純に古いビルだったということもあるし、その場所は深夜はバーとしても営業していたのでみんなの吸う煙草のヤニの匂いや、そこに加えて階下に魚メインの居酒屋が入っていたため常に焼き魚の匂いによってフロア全体が燻されていたりもし、店主のRさんという女性によって運営されてはいたものの日々特に清掃もされずになんとかギリギリ空間としての形を保っているような場所だった。

▼そのままだとなかなか清潔感に欠け、たくさんのお客さんを迎えるのにも不都合があるだろうということで、本番の前にみんなで大掃除をした。稽古や場当たりというのではなくて「大掃除」という時間を確保し、ホームセンターで掃除用具を買って持ちこんでなるべく各所を綺麗にした。演出のF氏は「(本番近いのに稽古せずに掃除すんの…?)」という顔をしていたが押し切った。空間の中にあるホコリやごみの総量を、なるべく減らせるように具体的に手を動かした。

▼演劇の稽古場や劇場あるあるなのだと思うのだけれど、劇場や稽古場に置いてある掃除用具は多くが壊れていて使い物にならない。ほうきの先はひん曲がってろくに掃けず、ちりとりはふちが割れていてごみをちりとらず、掃除機はフィルターやヘッドが詰まっていて音こそすれろくにごみを吸い取らない。そうして形骸化した「掃除」をみんなでなんとなくやるけれど、その実なんにも綺麗になっていないということが往々にして起こる。トイレの手洗い場にはハンドソープの容器だけあって中身が入っていないとか、そうしたことが積み重なると上演される演劇そのものからも清潔感が失われて、拭きとりがたいくすみが浮かんでしまうような気がする。そんなわけで備え付けの掃除用具に頼ることはせず、自分で掃除用具を買って持って行った。

▼その雑居ビルの強烈な空間での第一回公演を通じて、私は自身が(すくなくとも演劇の上演については)きれい好きであることを発見した。いちど別の作品で尋常ではない量の洋服を劇中で使ったら、それらの服から出てくる大量のホコリにたいへんな苦戦を強いられたりする中で「なるべく稽古場をきれいに保つには物を少なくするにしくはなし」ということにもおいおい気が付くことになる。
 雑居ビルの一室を大掃除していたとき、舞台上部の棚から段ボールの箱に入ったガラス製の巨大な注射器のようなものが出てきて、読むと「牛乳浣腸」と書いてあった。誰も何も見なかったことにして、そっとなるべく奥の方へと押し込んだ。

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かえるのおたま

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