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貯金箱
妹のランドセルを掴んで離さないのは、近所に住んでるトミオだった。
「離して欲しけりゃ金よこせ」
女子達と別れて自宅まで数十メートル。玄関前まできたところで、トミオは妹のランドセルを後ろから両手でがっつり掴んでいた。だから一斉下校は好きじゃない。男子と一緒に帰るとろくなことはなかった。
「は?バカじゃねー?」
取り合わないことにして、ランドセルのポケットの中の鍵を探した。
また言ってる。くだらないことを。
「金を払わねーと、解放せんぞ?」
黄色い帽子を被ったトミオは、いつも以上にニヤニヤしている。
妹は嫌がる様子もなく、トミオを後ろにくっつけたまま薄ら笑いを浮かべていた。
「勝手にすれば」
放っておけば諦めると思って、わたしは一人で鍵を開けて家に入った。
2階に上がって、自分の部屋にランドセルを下ろし窓から覗くと、トミオはまだその姿勢を崩さずにこっちを見上げていた。手に持っている班長旗が妹の頭に突き立って見え、まるで銃を突きつけられた人質だ。
「ほんまにえーんじゃな」
「どうなっても知らんぞ」
妹は変わらず抵抗するでもなく薄ら笑いを浮かべていたが、トミオが力を入れた拍子に、つられて後ろに大きく引っ張られた。
わたしは、自分の机の引き出しから、貯金箱を取り出した。
蓋付きの缶で、小さな錠がかけられるようにできていた。
「いくら?」
「100円よこせ」
「ない」
貯金箱には、20円と1円玉が数枚しか入っていなかった。
「20円しかない」
「じゃあそれで勘弁してやら」
わたしは、窓から20円を投げた。
トミオは妹のランドセルから手を離し、「おっしゃ〜〜!ひひひ」と笑いながら、地べたに落ちた10円玉2枚を拾って帰っていった。
その週の土曜日、トミオはお母さんと20円を返しに来た。
トミオのお母さんは泣いていた。
わたしはなぜか、恥ずかしかった。