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みんなの物語と個人の物語について考える
昨日の「世界をどう認知するか」ってことが面白くて頭から離れなくてよく言われてることを簡単にまとめてみたんだけど、、、
◎昔は神話や宗教などの「みんなで同じ大きな物語の中に生きる」の中に人々は生きていた
◎それが今度は「個人の中に物語を求めて個人として生きる模索」を始めた
◎資本主義なんて「みんな」で「成長」という物語をつくり、「個人」で「豊か」になるという物語のハイブリッドだからここまで来たんだけど、個人の物語の結末がSNSで承認欲求満たされるとか、消費で気晴らしするなんてあまりにもお粗末じゃないか。
◎なので「もっと良い物語はないのか?」と模索してるのが今。みんなの物語は「新しい資本主義」とか「非中央集権」とか。個人の物語は「ウェルビーイング」とか「マインドフルネス」とか。
◎でも個人の物語って一人一人が孤独に頑張んないといけないし考え事が増えて大変なので「やっぱ大きな物語の中に生きたいよ!それでいいじゃん!」ってQアノンとか極右とか増えてきた。客観的事実などどうでも良いのだーと彼らは思ってる。
◎メタ社がやるようなメタバースも「みんなで大きな物語に取り込まれちゃう方が楽だよね」の方向。まあ多分それと広告がバインドされるのでディストピアなのだけど「楽で楽しければいいじゃーん」な世界。
◎僕らがいう「リアルあつ森」的なものは非中央集権的でみんなの物語と個人の物語の良いバランスをとりたいという方向の実験。自分であれこれ考えないといけないのでめんどっちいけど、好きな人には楽しい世界。でも好奇心がないと面白くもなんともない。
◎個人の物語を個人がつくるって行為だけで生きていくのは、よほど哲学者や表現者でもない限りしんどすぎて多分単体では成立しないけど、だからって「誰かに与えられた物語を生きる」のはこれからマジで最悪になって尊厳とか極端になくなるだろうな。楽だろうけど。
◎んで、「みんなの物語」をバーチャルでどっぷりと求めると多分人間は謎のサイバー宗教を生み出したり、狭い考えに囚われて現実感を喪失して気が狂ったりするので、なるべくリアルの世界で「みんなでつくる物語」を紡いでいくのが健全なのではないか
◎いずれにせよ「健やかさ」と「健全さ」はキモになる。これ大事。それは他者とのやりとりにおいて育まれる。だから友だちや仲間や広い意味での家族や親戚的な関係は大事なのだ!
とりあえずそんな感じかなー。もっと全然整理できそうだけど。あとは勘であーだこーだ言ってないで少しはちゃんとした本を読んで勉強しよっと。きっとこんな僕が考えたり覚えてることの何十倍も何百倍も解像度高くまとめられてるんだろうな。基本的に学問とちゃんと触れてこなくて不勉強な僕がどこまで理解できるか分からないけど、まあとにかく人間の探究心ってすごいな。
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