降り方が大事なんだよ、くくく。と中老の男(71)はつぶやいた。
中老の男改めオンライン純喫茶キツ店主(71)は、2020年8月から授業と称するZoom会合を毎週土曜日に展開していた。それは深呼吸学部という名称で、中老はこの学部長という設定だった。
しかし流石にそのZoom会合も50回目くらいを過ぎてくると、参加している生徒と称する参加者も本当に生徒であるかのような錯覚に陥り、中老のことを本物の先生だと思うようになった。
そこで中老はある日突然「これまでは第一ステージだったのだ」と新しい設定を語り始めた。
「これまでは私の原理を教えることをしてきました。次の第二ステージではこの一年で学んだことをみなさんがそれぞれ実践してみる段階に入ります。社会的バンドを組んでください。そして第三ステージでは本当に社会に飛び出して、この深呼吸学部にさよならしてください」という新基軸を打ち出した。
すっかり生徒だと勘違いしていた参加者は、「え?深呼吸学部終わるの!?」と軽いパニックになり、先生に対しての反発や承認欲求や不安などが炸裂した。僕も「教育者としてそれはどうなんだ!」なんて、ガチで文句を言ったり陰口を叩いたりしてそれに対する反応に夢中になった。
そのときにたまたま二人きりになったZoomで、ポロッと中老が言った一言が忘れられない。
「平野、あのさ、お前ら今、どうしたらいいか分からなくて困ってるだろう?でも俺がこのまま授業を続けてたらどうなる?お前ら、俺のことを尊敬したり、認めてほしい存在にしたりするだろう?」
確かにそうだと思った。一年もの間、毎週5時間ものZoomで話してきた仲間たちとそのリーダーの関係が壊れようとしているのだ。その潜在的な不安は、この老人をカリスマに仕立てようと集団的無意識がそうさせるかもしれない。
すると中老はニカっと悪戯っ子っぽく笑うとこう言った。
「だからさ、降り方が大事なんだよ。リーダーではなくなる時の降り方、ここが面白いんだ。平野、みてろよー、わはは」。
中老の男(71)が、突然、オンライン純喫茶キツなるよく分からないZoomチャンネルを開始し、生徒と称していたZoom参加者たちの数名を口説き落とし、連日連夜「喫茶店の練習」なる行為を始めたのは、そのあとすぐだった。
おかげで呆れた我々深呼吸学部の運営チームは、「キッツのことはもう無視してわたしたちで授業を続けよう」と毎週話し合うようになり、橘川幸夫はただの喫茶店のマスターになった。そして誰も奴のことをカリスマだとは思わなくなったし、リーダーではなくただの店主だと思うようになり、徐々に彼が経営する喫茶店にお客として集まり、友だちとして語り合うようになった。
僕らのZoomという空き地に、居場所が生まれた瞬間だった。
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参加型社会学会・ 深呼吸学部「ZoomとVR 旅芸人の一座」
さまざまな私塾がネットワークされたYAMI大学。橘川幸夫が学部長の「深呼吸学部」もその一つです。深呼吸学部の下の特別学科の一つが「旅芸人の…
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