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メタバースとは何か

多分今だからこそちゃんと文章にしたほうがいいのかも知れないけど思い出したので殴り書いておくと。

まず僕の原体験として3年くらい前に、僕のVRの師匠ぴちきょさんが「VRは人間関係が全て」と気づかせてくれたのだ。

その際「VRだけではない、Twitterもそうだし、Facebookもそうだし、現実世界のカフェもそうだ。そこにあるのはお互いの人間関係であり、その関係がさまざまなマルチデバイス、マルチプラットフォームの上で縦横無尽に展開されているのがこれからの世界なのだ」と言いのけたのだ。

その上で「平野さん、VRに遊びにきなよ。私の友達紹介しますから一緒に遊びましょ?」と誘ってくれた。その時に僕は気づいた。「あ、ぴちきょと少し友だちになれたんだ」と。

友だちを紹介してくれるってことは、友だちだってことだ。馬鹿みたいに聞こえるかも知れない。でもこれって素晴らしくない?

そして約束の日、ぴちきょはVRChatの入口までわざわざ迎えにきてくれて、使い方を教えてくれて、ワールドに連れて行ってそこで友だちを紹介してくれた。僕らは追いかけっこをして遊んだ。

僕は最初、「外向きの頭のスイッチオン」にしてしまい、声を大きくしてまるでラジオの本番中のような喋り方になってしまっていることに気づいてとても恥ずかしいことだと思った。ナチュラルでいいのに。そのままでいいのに、なんで講演会とかトークショーみたいなテンションで相手と話してしまうのだろう。そんな自分がとても嫌だと思った。

ぴちきょが紹介してくれた友だちとは、その時には単に「フレンドリスト」に入っただけの「数値」でしかなかった。やがて何度か会ううちに少し仲良くなってきた人たちが出てきた。僕がVRで主催する親子で参加するイベントに親子で参加する人も出てきた。友だちがやるイベントのお手伝いに行ったこともある。そうしているうちに、とても個人的な話をするようになってきた。たまに人生相談を受けることもある。友だちなんだから当然だ。

やがてVRゴーグルをつけるのが面倒になって一時期ほどはやらなくなってしまったけど、それはつけなくてもチャットやZoomでも十分に楽しく交流できるからだ。

ぴちきょが最初に言った通り、マルチデバイス、マルチプラットフォームで、あるのは人間関係だけなのだ。

今あちこちで聞くメタバースは、そういう感覚が全く感じられない。仕掛けを作れば人が集まってくるだろう、という短絡的な考えが透けて見える。なぜならそれを離している人たちの言葉の中に「人間関係」や「友だちづくり」を感じないからだ。

突然増え出したメタバースコンサルタント、ブロックチェーンコンサルタントに対しても同じ感じがする。お前ら、友だちづくりについてどんだけ実感保ってるんだよ、と思う。もしコンサルするなら「まずは一緒に遊びに行ってみましょ?」だろ?

で、結局、メタバースとはVRに限らない「意識空間」のことなのだから、誰かと何かをする時、支え合う時、交流する時、お互いになるべく気持ち良いことはとても重要だ。なので、簡単に言うと「出来るだけ性格が良い方がいい」ってことになる。メリットデメリットの話ではない。お互いに心地よい方が心地よいのだから、自然となんとなく利他的になる。騙し合いの世界など絶対に行きたくないのだ。

ということで、メタバースを語るなら、事業展開するなら、まず一人の人間として「友だちづくり」や「関係性」についてよく考えるといいと思う。

で、企業担当者さまにおかれては「仕掛けを作って人を集めてドーン!」みたいな企画書が来たら、破り捨てた方がいいと思う。あるいは、ちゃんと関係性の構築について述べられていたら、その人のことを大切にした方がいいし、しっかりと話を聞いて、その人の手を借りてご自身もそれを実践されると良いと思う。

ここから先に近道はない。

自分で実感して手足を動かさないと、道を誤るぞ。

そう言う領域に私たちは今、足を踏み入れているのだから。

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