人生の終わりとき①

実は今日元気がないのには理由が2つあって、ひとつは個人的なことなのだけど、もうひとつは終末医療の緩和ケアについて。

末期癌の家族を看取ろうとする知人から相談を受けて一日中チャットや電話をしているのだけど、どうしても家族間で「鎮静させる(もしくはモルヒネ投与などで緩和させる)ことは死を早める」という誤解があり、苦しみをとってあげることができない。

僕は数ヶ月前からこの相談を受けていたので、いよいよ全身が痛み出したらモルヒネや鎮静剤などを投与して痛みを取るか意識を失ってもらうことがいかに本人のためでもあり、看取る人たちにとっても精神的ダメージを与えないかを予習していたし、躊躇なく担当医にお願いするように話していた。

でも実際に「いざそのとき(余命数日)」を迎えた今、僕はまったくの無力さに打ちのめされている。ご家族の中で「本人以外が運命を決められない」という考えが強く、高齢で意思表示できない本人の代わりにご家族がそれを決断できない。当然、本人は物凄い苦しみが続いている。

ご家族が壮絶な状況の中でどれだけ思考停止していようとも、それを僕は責めることなんか出来ない。だけど痛みを根本的に取ることが出来ずに繰り返される苦痛、そしてなす術もなくただ摩るだけのご家族の心の中から、人として失ってはいけない何かがが徐々に消失していくのが分かって、辛い。

で、なぜこんなことを書いているかというと、他の人にはこんな思いはして欲しくないと心の底から思うから、伝えなければと思ったからだ。そうしないと今日を終えることが出来ない。

まず全身が痛み出したら、躊躇なくモルヒネ等の使用を決断して欲しいです。特に在宅で看取る場合はそこまでを事前に話し合ってください。

もうこの先は苦しみしかないと分かった時には、鎮静剤を使って意識を失わせてあげてほしいです。
もちろん、本人に意識がありそれを望んでいないときには必要ないのは当然のことです。だけど人格が失われたり、高齢で意思表示がしっかりできない場合などは、どうか本人の苦しみをなくすことを最優先してほしいと思います。

検索すればあらゆるサイトにおいて、緩和ケアのための麻薬の使用は一切躊躇しないようにと何度なく書かれているけど、国立がんセンターの調査によると、8割近いケースにおいて緩和ケアが十分ではなく、遺族は最後のもがき苦しんだ記憶を抱えているそうです。

これは、なんとしても変えなければならない。
医療的に緩和するために打つ手がまだあるはずなのに、そこに踏み込めずに、人生の最後の瞬間が壮絶な苦しみだなんてあまりにもじゃないか、と思うのです。

その時その時で判断するなど不可能です。正常化バイアスやパニックなど、さまざまな心理的な人間の弱さが出ますから、看取る側の判断は鈍ります。
だから事前に家族内で意思統一ができるまでよく話し合うことを強くお勧めします。

お医者さんがいれば大丈夫と思ってはいけません。ホスピスや緩和ケアの終末医療の専門家であれば安心ですが、そうでない場合には家族への説得までしてくれるとは限りません。

私たちは誰もがいつか死ぬわけですが、そのときにはなるべく穏やかな死を迎えられるように、いざとなったらその人を支えられるよう、判断がつかないなら代わりに判断してあげたいものです。だから私たちは、それぞれの経験を伝えて学び合う機会を増やしていくべきです。僕はその必要性を強く感じています。

どうかこのことがみなさんの記憶に残り、多少なりとも役立ちますように。

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