
江戸川乱歩「幽霊塔」~令和になっても魅了する「乱歩」ワールド~
久しぶりに、「乱歩」の作品を読んだ。
きっかけは、ある動画のYoutubeのコメント欄で「江戸川乱歩の幽霊塔のようだ」という投稿を目にしたからだ。
私は、学生時代、「少年探偵団シリーズ(怪人二十面相)」にはまり、乱歩の大人向け作品も有名どころは読んでいた。
しかし、この「幽霊塔」は未読であった。さらに言えば、学生当時の自分の知識や精神年齢では、大人向けの乱歩作品の真の魅力に気付けていない部分もあったと思い。この度、Amazonにて取り寄せたのである。
物語「幽霊塔」とは
本作は、黒岩涙香(くろいわ るいこう)のファンであった乱歩が1937年に、黒岩涙香の翻案小説「幽霊塔」をリライト(書き直し)したものである。(ウィキペディアより)
私が手にした「幽霊塔」の文庫本は、「東京創元社」から創元推理文庫として1997年に初版で出たものである。
巻末には、執筆当時の時代を反映させ、原文のまま掲載したと書かれている。(確かに作中、現在では差別表現になる言い回しがある)
ちなみに、黒岩涙香の「幽霊塔」は、アメリカの女流作家、アリス・マリエル・ウィリアムソンの小説『灰色の女』(1898年)の作品を日本文化に合わせて改作した作品である。
つまり、物語「幽霊塔」は、日本人の2人の小説家が、それぞれの才能をまぶし、書き改めた作品というわけである。
なお、江戸川乱歩は、黒岩涙香の遺族に謝礼を支払い、リライトの了解を得ている。(この情報も、ウイキペディアから引用)
「幽霊塔」のあらすじ
舞台は、主人公の「北川光雄」の回想から始まる。
ある場所に、荒廃した古い「時計屋敷」があった。 そこは、かつて徳川時代の大富豪が住んでいた場所であり、その大富豪は、多大な財産を隠すために自ら時計塔の中に入り込むのだが、その後行方不明となり消息を絶ってしまう。
時が流れ、そのいわくつきの時計塔を「北川光雄」の叔父が買い取り、新たな住まいにしようとしたのである。しかし、その時計塔では、6年前に老婆が同居の女に殺される事件が起きていたのだった。「幽霊塔」と呼ばれたその古い時計屋敷を舞台に、おぞましい怪事件が連続する。
かつて、富豪が住んでいた屋敷。そこに集まった人間たちの過去が徐々に明るみになっていく。この複雑怪奇な事件が起きた20年後、「北川」が自身の経験談を世に残すべく筆をとったのであった。
感想
戦前の作品を、乱歩の原文のまま載せたとあるので、現代の読者には難解な小説であろうと覚悟したのだが、意外や意外、令和の時代においても、作中の人間ドラマを自然に受け止められるスリラー作品であった。
休日に一気に読み進めてしまい。私は勢いそのままこのブログを書いている。
この手の物語では、遺産を巡る人間同士の醜い私欲の争いになることを予想される方もいらっしゃるかもしれない。しかし、「幽霊塔」では終始、遺産争いは物語の中心にならない。
登場人物たちの争いの核になるのは、事件の真実を探ろうとする主人公「北川」と、それを妨害しようとする取り巻きとの攻防戦である。
また、「北川」が命の危険を冒してもなお、事件の真相に迫ろうとする原動力になっているのが、この時計塔でかつて起きた殺人事件につながりを持った美女への恋心なのだ。
「北川」が自身の許嫁(いいなずけ:幼少の時から婚約を結ぶこと)でありながら、愛想をつかした女性からの執拗な嫌がらせや、次々に起こる傷害・監禁事件などを乗り越えていくストーリーが、実にテンポのよいこと。
あっという間に、400ページ余りの作品を読みきってしまった。
私は、この理由を3つ挙げてお伝えしたい。
①登場人物の「容姿」や「心情」を表す独特な言い回し
物語の構成のすばらしさは、原作によるものだとしても、「乱歩」の独特な表現には魅了される。
「秋子さんにはなんとなく非現実的な、ロマンチックな、月の世界の女ような風格があるのに比べて、肥田夏子は、頭のてっぺんから足の先まで、いかにも現実的な地上の女であった。」
「青大将が蛙に見入っているように、彼の両眼からは青い火花が散るかと疑われた。その眼光はX光線みたいに、秋子さんの皮膚をつらぬき、肉を通し、背後につきぬけるかとさえ怪しまれた。」
独特な言い回しの中にも、美しさがあり、読者の集中力を切らない。
②期待感をくれる章の終わり方
また、各章の締めくくりでは、連載小説らしい、続きへの期待を高める工夫が毎回用意されており、自然に読者にページをめくらせる。
「あのノッペリとした青年紳士がどんなに恐ろしい青大将であったことか。」
「二人の女の話し声が聞こえてきた。そして、それが実に身の毛もよだつ大椿事(ちんじ)の発端となったのだ。」
「私の心の奥の奥に身を潜めている、ある女の姿が、世にも恐ろしいある女の名が、ニューッと大入道のように現れてきそうで、その予感が、私の手に運動を禁止にしてしまったのだ。」
③読者を置いてけぼりにしない書き方
また、作中に何度も出てくるのが、読者を置いてけぼりにしない、自然な流れで挟む解説である。
「読者諸君は記憶されているであろう、私が初めて彼女に出会った時…」
『それともここのおとうさんをだまして、たんまり小遣いを貰うつもりなの』という会話のあとに…
「ここのおとうさんというのは、私の叔父の児玉丈太郎のことだ。秋子さんは読書も知るように、最近叔父の養女となっていたのだ。」
※ここでは、前述の会話中にあるおとうさんという言葉を解説してくれている。
何度も、読者を物語の中に導く書き方が出てくる。
まるで「幽霊塔」のストーリーを読者に共有してくれるようでもある。
終わりに
江戸川乱歩の「幽霊塔」を読み終えて、私が興味を持ったのは、1899年に黒岩涙香が翻案した作品「幽霊塔」である。
少年時代から、「乱歩」は黒岩涙香のファンであったそう。
その「乱歩」が書き直した「涙香」の「幽霊塔」とはどのようなものなのであったのか。※当時、新聞小説として連載された
これを読めば、なお一層「乱歩」の解釈をうかがい知ることができる。
ぜひ、これは知っておきたい。
私が「涙香」の作品を読んでまた、ブログに書くことがある際にはぜひ、お読みいただけるとありがたい。