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中西部的ながら進歩的なティム・ウォルツ【エイミー・ツジモトが読むアメリカ⑨】

日本国内でも注目されている米国大統領選挙。”同盟国”日本にも米大統領の動向は大きな影響を与える。米国内の報道・政界関係者と情報交換を欠かさない国際ジャーナリストのエィミー・ツジモトさんに、現代アメリカについて聞くシリーズの9回目。今回は民主党の副大統領候補に指名されたティム・ウォルツやアメリカ中西部について(インタビューは8月8日、約8000字)

平井 民主党の大統領候補、カマラ・ハリスが選んだのはミネソタ州知事のティム・ウォルツ(Timothy Walz、60歳)でした。ウォルツはどのような人物なのでしょう。


ティム・ウォルツ州知事(州知事公式サイトより)


◇北欧系が多いミネソタ州の選出

エィミー ウォルツはネブラスカ州で生まれ、サウスダコタ州で教師をやり、2006年からはミネソタ州で6期ほど下院議員を務め、2018年からミネソタ州の知事になりました。

平井 いずれによせアメリカ北部と西部の中間である「中西部」が地盤というか、足場ということですね。

エィミー ミネソタ州は北欧系が圧倒的に多いということで、ある意味でリベラルな州であり、彼の政治的な考えとも相性がいい土地柄です。ウォルツは副大統領候補者としては、これまで存在感はありませんでした。とても60歳には見えないおじさんですし。

平井 写真だけみると確かに白髪で70歳くらいに見えます。

エィミー しかし、なにがなんでもトランプを打ち負かさないといけないという意味では、民主党はいい人選をしたと思いますよ。トランプ・ヴァンスと対決する熱意を感じる人選です。実際にハリスとウォルツの支持率はトランプ・ヴァンスをちょっとだけ超えました。そこでヴァンスも早速、ウォルツに対するレベルの低い批判を繰り返しています。
 記者などからすればウォルツの実績は見えているのですが、アメリカ国内でもまだまだウォルツの姿については見えていない状況です。でも、トランプがウォルツの悪口を言えばいうほど、アメリカ国民はウォルツを調べます。そうするとウォルツの経歴を知った無党派層の支持は民主党に流れるでしょうね。


スカンジナビア系が多いミネソタ州が本拠地のNFLアメフトチーム、ミネソタ・バイキングス。
https://www.vikings.com/winter-warrior

平井 無党派層が有権者に占める割合はどの程度なのでしょう。

エィミー アメリカの無党派層は、2023年では43%との明確な数字が出ていますね。残りを民主党、共和党で分け合っています。

平井 ウォルツの実績は?

エィミ― アメリカは中絶に賛成、反対で真っ二つに割れていることはご存知ですよね。トランプはあんなに女遊びをしているのに、中絶反対を主張しています。それのみならず、中絶を試みようとする女性たちをなんらかの方法で罰するべきだと主張するのです。一方、ウォルツはミネソタ州知事として人工妊娠中絶の権利を州法に明記しました。

平井 ウォルツは中絶する権利に賛成したということですか。

エィミ― ただ、ウォルツは中絶について「禁止」すべきものではないと言います。あくまで当人が決定するものだというのです。
 また、エネルギー政策では、クリーンエネルギーを推進しています。反原発という立場まではとりませんが、これは一貫して主張し続けています。
 重要なことは、低所得労働者の保護を強化してきた点でしょう。大企業には有給休暇制度がありますが、アメリカの中小企業ではそれを与えるのは厳しいという実情があります。そこでミネソタ州では病気や介護で休暇をとった際の有給休暇を付与するように制度を作ったんです。

平井 以前も話に出たベネフィット(福利厚生)のようなものでしょうかね。話を聞いていくと、ウォルツ知事を副大統領候補に選んだことでハリスは中低所得者支援に力を入れる姿勢を有権者たちに強めに示したと考えられますね。

ミネソタ州。真上はカナダ。
左にノースダコタ、その下がサウスダコタ、さらにその下がネブラスカ。
https://www.openstreetmap.org/relation/165471#map=5/46.522/-93.361

◇学校無償化でもトランプとの違い

エィミー なにより私がウォルツに感心しているのは、このエリアに多い低所得者家庭の子どもたちへの経済的支援です。学校に通う子どもの朝食の無償化を実現しました。
 アメリカの子どもたちはスクールバスでピックアップされて学校に行きます。農家の子どもたちは遠くから通うので朝が早いんです。最近では朝を食べないで学校にいく子どもがとても多いんです。それは朝が早いということだけではなくて、昔は1ドルも出せば朝食を食べられたけれど、今は物価が高騰していて、ソーセージの半分も買えないからです。朝食だけでもかなりお金がかかるようになっています。そこでミネソタ州では学校のカフェテリアで朝食を食べられるようにしたんです。州全土にわたる制度ですからかなりの予算規模だと思います。

平井 日本でも自治体ごとの個別対応で、給食費の無償化などがありますね。

エィミー ウォルツはパブリックスクール(公立学校)を重視して、プライベートスクールに通う家庭には援助をしないと決めています。というのはトランプも大統領時代に教育バウチャーというプライベートスクールへの授業料にあてられるクーポンを発行しました。ワルツはこの制度に反対を示しました。かわってパブリックスクールへの教育支援金を増大させたのです。パブリックスクールの教育内容に不満があることからプライベートスクールへ通わせる親たちは保守的でタカ派のキリスト教関係者の家庭が多いんです。トランプの教育バウチャーを使えば、そういうプライベートスクールへの授業料はほぼ無料になりました。ただそれでも、プライベートスクールは何かと金がかかることを覚悟しなければなりません。極貧層はとてもプライベートスクールには通えないんです。だから結局、教育バウチャーは富裕層へのご機嫌取りだったともいえるわけです。

平井 私立高校の実質無償化などは日本の都市部でも広がっていますよ。

エィミ― 一方、ウォルツはパブリックスクールをさらに良くするように予算を注ぎ込んできました。教育のみならず、あらゆる面においてもです。組合活動への支援もその例の一つです。こうして北欧特有の民主社会主義的な方向性を強く打ち出しています。そのため労働組合はウォルツ支持へと動いています。このような実績は副大統領候補だったペンシルベニア州知事のシャピーロなどにはなかった。だからシャピーロでは副大統領候補はダメだった。

平井 ウォルツは、トランプが手掛けてきた政策などに対抗する実績があるって、ハリスの弱い部分を補っていますね。日本人には地味に見えるかもしれないけど本当にうまい人選だ。

ミネソタ州の家庭エネルギーガイド。エネルギー効率を上げる手順などを示している。
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://mn.gov/commerce-stat/pdfs/home-energy-guide.pdf

◇中絶、銃規制、大麻でも独自路線


エィミー
  ウォルツは派手さはありませんが、とても説得力があります。人工妊娠中絶法で中絶を一定の条件で認めうるとしましたが、銃もうまく制限しているんです。アメリカでは銃の所持を認めるかどうかについて、とても激しい対立があります。

平井 伝統的には全米ライフル協会(NRA)は共和党候補支持で、莫大な献金もしていますね。

エィミ― ウォルツはネブラスカ生まれで農家の子どもですから、鳥や害獣を銃で射殺する必要性や、農家の苦しみや悲しみをよく知っています。そこで銃を規制する際も、銃を登録をして一定の期間だけ使えるようにという規制をしたんです。このように非常に説得力ある形で銃規制についても州民を納得させてきました。
 また、ウォルツはマリワナ(大麻)の合法化も進めました。大麻は非合法化したことで実はさまざまなトラブルが起きています。大麻を取り締まって刑務所に送りこみまくっていたら、莫大な経費もかかることになった。

平井 きわどい政策を実現させてきた手腕があるわけですね。アメリカでは娯楽用大麻はすでに20以上の州が大麻の規制緩和をしているとか。大麻ビジネスに目をつけている人たちは日本にもいますよ(苦笑)。

エィミー タバコだって人体に有害なのに規制されていないでしょう。大麻を厳しく取り締まることに果たして合理的なのか再考すべきだということです。
 離婚は絶対認めないとか、中絶は絶対認めないとか言うのではなく、やはり時代に合わせて規制は変えていかなければならないはずです。その点、ウォルツは進歩的で、合理的な考えができると思います。アメリカでも独立性の高い判断ができる政治家は珍しいんですよ。

平井 ウォルツは見かけによらずというと失礼ですがね。

エィミ― 2020年に黒人のジョージ・フロイドを白人の警官が殺したのもミネソタ州の州都ミネアポリスでした。


2021年5月、ジョージ・フロイドの家族と面会するバイデン大統領とハリス副大統領

平井 そういえばそうだ。ウォルツのことはまったく認識していませんでした。あの事件をきっかけにBLM(ブラック・ライブス・マター)運動がさらに広がった。あの運動を見て、あらためて黒人差別と白人警官のマッチョぶりの根深さを認識しましたよ。

エィミ― あのときにはウォルツは州兵を派遣しました。事件後は徹底的に調査して、あのでかい白人警官を有罪にして刑務所にぶちこんでいます。

平井 当時の議論を私も見ていましたが、ミネソタ州での議論で警官がマッチョで暴力的になるのは、軍隊並みの装備を身につけているからだ。警察官はパトロールは自転車にするべきではないか、という意見も出されていてそれはいいかもしれないと思いました。

エィミ― ウォルツについて、なにより面白いと私が思うのは、彼は下院議員時代に、何度も共和党議員と論争を挑まれましたが、順番に打ち負かしてきたことです。アメリカでは日本のように同じ答弁を繰り返して逃げ切ることなど許されませんから。

平井 論客なんですね。日本の場合は独特のもったいつけた永田町話法、霞ヶ関話法もあって、忖度という言葉まで広がりましたからね。

エィミー トランプがヴァンスを副大統領候補にしたことで、ハリスはウォルツを副大統領に擁立しました。今後、ヴァンスとウォルツが直接対決することがあれば、ウォルツが圧倒的に勝つと思いますよ。ウォルツには下院でどれだけ共和党の議員が立ち向かってきても5回でも6回でもなぎ倒してきた弁論能力がありますから。だから、宇宙飛行士だったアリゾナ州のマーク・ケリーも人気があっても副大統領候補にはならなった。この局面ではウォルツだったんです。すでに連邦議会でその能力は証明されていますから。


ミネソタ州最大の都市・ミネアポリス(ミネソタ州HPより)

◇トランプ・ヴァンスからの批判


平井 トランプ陣営からウォルツに対する批判は激しそうですね。

エィミー トランプはでたらめな攻撃をしまくっています。
 <ウォルツが副大統領になったらアメリカは地獄に堕ちる>
 <クリーンエネルギーを進めるのはペテンだ>
 <ウォルツは汚い金をもらって、選挙を買い込もうとしている>
など、日々、稚拙な批判をしています。
 トランプはクリーンエネルギーが嘘だペテンだ、オイルや天然ガスがあるから、それをもっと掘り起こすべきなのだ、と主張するのです。それだけ、トランプ陣営はあせりを見せ始めているということです。

平井 トランプは言っていることは乱暴ですね。

エィミー ヴァンスをイーロン・マスクは副大統領候補に推しましたが、ウォルツについてはバーニー・サンダースがいい候補だと言っています。トランプ陣営は、ウォルツはサンダースが支持する人間なんだから、あいつは共産主義者だと言い始めています。保守派からすればウォルツは民主社会主義的なエッセンスはあります。しかし、ウォルツは中西部らしい穏健な性格だし、リベラルや民主党支援者たちからは好感を持って受け入れられていると言えます。

平井 話を聞くほど絶妙な人事だったと思えますね。しかしあのバーニー・サンダースが推奨するというのはなかなかのことですね。


トランプ支持の公式キャップ。トランプの公約は47個。

◇マリーンのバンスが州兵のウォルツ批判

エィミ― ウォルツ批判についてもう少し話しましょう。ヴァンスはウォルツの軍隊経験についてバカバカしい批判をしています。

平井 ヴァンスは海兵隊(マリーン)経験があり、退役軍人の奨学金で大学に行っているラストベルト(錆びついた工業地帯)の苦労人とされていますね。

エィミ― ヴァンスがいた海兵隊は戦争が起きたら最前線に行きます。血気盛んであり、義理人情があり正義感がある。だから、2011年の東日本大震災では海兵隊員の若者たちがトモダチ作戦で被曝をしてしまったんです。米国には元海兵隊が相当数います。当然、元海兵隊員はヴァンスに投票するでしょう。トランプもそれを見込みました。
 そうしたらウォルツも「州兵」(National Guard)とはいえ元軍人で、24年間の長いキャリアがあるわけえす。あせったヴァンスは「自分はマリーンだった。ウォルツは州兵だった」と批判しました。ウォルツは20年以上軍隊にいたけど、しょせん「州兵」じゃないかと批判しているわけです。
 ヴァンスは確かに不遇の環境に生まれて頑張ってきました。マリーンになって、人間的な教育を受け、自己に目覚めていった。退役軍人の給付金を受けて大学に進学して弁護士になった。うちひしがれそうになる、若者たちに希望を与えて励ましてきた。そんなヴァンスは若者たちの票を得たい。
 だけどヴァンスはマリーンといっても、賢かったため海兵隊の新聞記者のようなポジションだったんです。戦場の最前線には行っていないんです。

平井 そうだったんですね。

エィミ― ウォルツですが、各州には州兵というものがあって、ウォルツは若くして州兵になりました。州兵は普段は自分の職業をもちながら1ヶ月に一度、週末に訓練をします。職務は、たとえば、ハリケーンが起きたら駆けつけたりする。その州兵をウォルツは20年以上やっていました。
 一応20年経てば州兵のみならず軍人はリタイアできます。ウォルツは20年を終えてリタイアの後、もう一度、6年間入ることになりました。ところが、その6年間の任期の後半にイラク戦争(2000年)が起きた。陸軍の予備兵や州兵も動員されることになったのですが、このときにウォルツは州兵を辞めているんです。辞めた理由は「下院に立候補をするために退役した」というのが本筋です。
 そこでこのことをとらえたヴァンスは、<戦地に行くのいやだからウォルツは州兵を辞めたのだ、軍に対する背信行為だ>と批判をしています。
 私はヴァンスのウォルツ批判は次元の低い話だと思っています。大統領候補が軍事を議論するならばもっと大事な話があるはずです。ウクライナの戦争をどうするのか、イスラエルをどうするのか、と。それを話さないといけないはずでしょう。ところが、トランプたちが議論していることと言ったら・・・・。そんな話は、どこかの村で、元軍人がビールを片手に議論していればいい話でしょう。こんなくだらない論争ばかりしていたら、ヴァンスもそのうち、トランプから「おまえは首だ」と言われるかもしれないわね。

ミネソタ州兵の公式サイト
https://ngmnpublic.azurewebsites.us/


平井 大統領選のニュースってマスコミが伝えるので「大文字」になりがちですが、このような空気感が伝わりませんね。

エィミ― 今、アメリカの外交筋で騒ぎ始めているのが、長崎市が8月9日の平和式典にイスラエル駐日大使を招待しなかったことですね。このためアメリカやイギリスをはじめG7の6カ国も右へならえ、をしました。だって、イスラエルはパレスチナ人を大量虐殺している国ですよ。イスラエルによってガザは戦闘状態になっているわけです。それを各国首脳部は言わず、長崎市は「平穏かつ厳粛な雰囲気のもとで式典を円滑に実施したい」と言った。
 7月には国際司法裁判所(ICJ)では、パレスチナのガザ地区もヨルダン川西岸地区も東エルサレムもイスラエルのものではないと、(不法)占領は国際法違反であると勧告的意見を出しているわけです。岸田首相も、長崎と同じ原爆を落とされた広島県の出身者というならば、それぐらい言えと言いたいですね。

平井 ICJの勧告的意見は大きなインパクトですね。イスラエルは撤退後もガザを実質的支配をしていると言ったわけですから。勧告を受けた国連総会がどうするか、英米がどのような態度をとるか注視ですね。


◇アメリカ人は移民だったはず

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